17:打てば響く 2009年5月12日、5月15日分 転載 ビートル 05/16 01:20 ------------- 5月15日 老人は、民主の首がどうなろうと、がたがたしない 後先になりますが、5月12日の文章を書いたあと、日本に電話して、小沢の辞任を知りました。大騒ぎをしているようですが、ドレスデンのホテルでは、どういうわけかインターネットが使えず、すぐに反応できませんでした。しかし、その方がよかったのかも知れないと思っています。今はパリに戻りました。 民主党の党首交代の機会に、自民党が乗じて総選挙に踏み切るか否か、などという判断は、日本にいない身では、空気が読めないので、なにもいえませんが、いまさらじたばたしても、仕方がありません。というより、老人はじたばたしないところが取り柄だと考えた方がいいでしょう。 ぼくたちが、政権交代を望んでいるのは、民主党を支持しているからではありません。だから最初から、目をつぶって、鼻をつまんででも、政権交代させるために投票に行こう、といっているのです。ともかく日本に政権交代の習慣を根付かせることが必要です。「責任政党」と名乗りながら、まったく責任を取らない政党に、有権者は痛いお灸をすえる必要があるのです。今 は、そのことだけを考えていればいい。それで腰が据わります。 ぼくがドレスデンに行く時乗った飛行機は、ドイツのデュッセルドルフ空港のストライキで大幅に出発が遅れました。ドレスデンでは、ぼくが着く前々日に、デモがあったみたいです。ヨーロッパの経済優等生だったドイツも、今は苦しんでいます。それをこの小さな旅行の間にも感じました。今回の不況は、麻生式ばらまきで回復させることが出来るような、生易しいものではありません。小沢の失脚程度のことで、がたがたするのとは、次元が違う問題です。 こちらは新型インフルエンザであまり騒いでいません。マスクをして歩いている人を見かけません。ただ、やるべき人が、黙って対策を進めている。騒ぐことはない。パニックだけは防げます。 ------------- 5月12日 ドイツで考える パリからドレスデンへ、八十歳を目前にした一人旅です。何をやっても、これが最後の‥?になるかも知れないな、という考えが頭をかすめます。こうして、ドイツにまでやってきました。 この一年、踵の痛みに悩まされ、後輩の整形外科に「年ですよ、なんなら踵にぶっとい注射でも打ちますか。痛いですよ」などと脅され、注射嫌いのぼくは、半分治ることを諦めていました。しかし、歩くと痛むし、歩かないと太る。太ればまた踵が痛む、という下降スパイラルに陥っていました。とにかくそこから脱却しなければならないと、近くにペインクリニックが開業したのを知り、ぶっとい痛い注射を我慢してやってもらおうかと覚悟を決めてでかけました。するとペインクリニックの医者は笑いながら、一番細い針でやります。ちくっとするくらいです、と局所に注射してくれました。そのあと、驚くほど痛みが薄れ、歩けるようになりました。あの整形外科の医者め、「年だ」などといいおって!と自分の弱虫を棚に上げて、心の中で毒づきました。ともかくペインクリニックの注射のおかげて、今日も一万歩以上を歩けたという次第です。 ドレスデンは、ぼくの私淑していた、エーリッヒ・ケストナーの生まれ育った町です。ドイツの戦争が終る数日前に、連合国軍の空爆で「一日にして、というよりは数時間で、地上から消え失せた」とケストナーはいっています。ことに、軍事施設のない、歴史的文化遺産の集中した古い街が標的にされました。この犯罪に連合国も気がついたようです。でも、けっして責任を認めようとしませんでした。ケストナーは、他人に責任をなすり付けるだけで、だれも責任を認めようとしない、と嘆き、たとえ勝者の権力者であっても、罰しなければいけない、とかれにしてはかなり感情を生でぶっつけるような文章を書いています。残念なことに、ケストナーはドレスデンが、ここまでの再建された姿を見ていません。 そのドレスデンに来て、歩いてみて、ドイツ人の、意地というか、執念というか、そういうものを感じています。やるとなったら、徹底してやる。麻生首相は、ちょっとの間ドイツに来ていたようですが、きっと何も見なかったのでしょう。ドイツがエコカーへの買い替えを促進するために税金を使うことだけを真似して得々としています。 高速の料金を、上限千円まで引き下げて、無理矢理車を使わせ、ゴールデンウイークには日本のあちこちで大渋滞を巻き起こさせましたが、これでどれだけCO2排出を増大させたか。ドレスデン市は、中央駅から始まるプラーガー大通りは、旧市街まで歩行者専用です。そこで市電が横切りますが、その後もエルベ川の川岸まで歩行者天国です。エルベ川も、チェコではウルタヴァ川と呼ばれている国際河川ですが、水は驚くほどきれいでした。 こんなに美しく再建された町を子孫に残すことのできるドイツ人を、少し学ばねばなりません。世界遺産の指定を受けましたが、破壊されてからの世界遺産指定というのも珍しい。再建の仕方に示された、ドイツ人の文化哲学に、世界遺産という勲章を与えられたようなものです。 ぼくの住んでいる鎌倉も世界遺産として認められたくて運動していますが、その一方で今の市長は、ミニ開発をどんどん認めて、緑を破壊し続けています。なんて嘆いていても始まらない。そんな市長を再選させたのは、ぼくたちの無力が原因なのですから。 それにしてもドレスデンの緑の豊かさには圧倒されます。鎌倉時代に始まる古都ですが、文化遺産と緑のコンビネーションが絶妙です。あちこちの公園には、一抱えも二抱えもある大木が、今新緑を芽吹かせています。 |