打てば響く(『なだいなだのサロン』コラム) 転載

26:打てば響く 2010年1月13日分 転載
ビートル 01/14 19:19
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1月13日 年初の感想

 社会の記憶力

 2010年の年初の感想です。型通りの挨拶は一切省かせていただき、その
かわり、この一年、あまり活動的でなかったことをお詫びします。サイトの更新
ももう少し頻繁にできるはずだった、などと新年を迎えてまたまた反省を繰り返
しているところです。

 さて《なださんは頼りないなあ》と思われているのではないでしょうか。社会で
事件が起きたとき、それについてのぼくの意見を知りたいと思っても、ぜんぜん
ホームページに反応が現れなかったですものね。また老人党のサイトで論争が
起こっていても、反応なしでしたからね。

 しかし、故意に沈黙していた訳ではありません。反応がのろいだけです。反応
しようとしているうちに、のろくさだから、次の事件や次の論争にみなさんの関
心も移ってしまう。せっかく準備した文章が間延びしたものになって、結局止め
にするという流れになっていただけです。ですから改善の見込みがない訳はあ
りません。

 しかし、負け惜しみではありませんが、のろくさにもいい点があります。少なく
ともぼくはそう思っています。反応なんて、ただ早ければいいというものではあ
りません。ゆっくりと熟考して反応することだって、同じくらい大切です。ぼくは、
どちらかというと、反応が鈍い方ですが、それでもそこがぼくの得意とするとこ
ろなのだと考えています。人それぞれ得意があるのもいいでしょう。

 今、ぼくはパリにいます。子どもたちは皆フランスに住んでいるので、一年に
一度、格安航空券で、家族を訪ねるのが習慣になっています。それで今はパリ
です。外国から日本を見つめるというのも、思考のリフレッシュには役立ちま
す。

 さて話は少し戻ります。年を取るに連れて記憶力が衰えます。そこで対策とし
て、出来るだけメモをするような習慣を身につけました。しかし、メモを取るのは
いいが、しばしばそのメモ帳をどこかに忘れるということがあります。これは困
る。でも、偶然再発見した時の喜びもまたいいものです。そして今の今、メモ帳
の裏の部分を、またメモ帳として使ってエコしようとして、去年の今頃のメモを見
つけたところです。

 去年の今頃、どのような事件があったか、みなさんは覚えていますか。意外と
覚えていないのではないかと推測します。単なるぼくの思い込みではないでしょ
う。というのは一年前のことを記事にし続けているマスコミをあまり見かけない
からです。記憶力の低下は老人だけのものではないようです。現代社会もまた
記憶力の低下があるようです。社会が、忘れてはならないことを忘れていること
がよくありますから。

 一年前の今頃、イスラエル軍のガザに侵攻し、世界がイスラエルの非難を繰
り返していました。メモにはそう書いてあります。日本人には、パレスティナ問題
は遠いところで起こっているという意識がありますから、とっくに忘れているので
はないでしょうか。ぼくとしては忘れてはならないと思っています。

 それならマードフはどうでしょう。これも丁度一年前に起こった事件でした。こ
れは日本人にもおおいに関わりのある問題です。どうですか。この名前も覚え
ていない人がけっこういるのではないですか。正直にいうとぼくも忘れていまし
た。それは年ですから仕方ないでしょう。でも、社会が忘れてしまってはいけま
せん。ぼくは、メモを偶然見つけて思い出しました。一年経ったことで、かえって
よく理解できるようになったような感じがします。そしてますます思うのです。こ
れは忘れてしまってはいけないと。

 しかし、ぼくとは逆に、早く忘れて欲しいと思う人がいます。というのは、資本
主義の根幹に触れる事件だからです。

 マードフは巨額詐欺事件という名前を付けられて整理されています。もう裁判
も終わって(なにしろ早い裁判だった)、150年の禁固(アメリカの裁判官は、1
50年の禁固などという判決を下すときどんな顔をしているのでしょう)という判
決が下っています。そして株式市場は、こんな事件がなかったかのごとく、当時
の株価をとりもどしています。

 でもこれは、巨額詐欺事件、ねずみ講の特別巨大なもの、とは本質的に違う
ものです。メモを見直すと、詐欺に引っかかった被害者は、れっきとした金融機
関がほとんどです。スコットランド・ロイヤルバンクが500億円以上、スペインサ
ンタンデル銀行が2700億円、BNPパリバが430億円、英国HSBCが1350
億円。野村証券も被害者に顔を出します。ぼくのメモでは275億円。幸いに
も、日本の民営化した郵貯銀行の名前がありませんが、もうちょっと民営化が
早ければ、きっと被害者のリストに名前を連ねていたでしょう。こんなところに、
巨大銀行が多額のお金を預けていたのです。かれを単なるねずみ講の詐欺犯
だと思いますか。かれは当時としては、ごく普通のビジネスをしていたのです。
大きなネズミではありません。かれがネズミなら、今の金融システムは、ネズミ
だらけということになります。

 かれはナスダックの元会長ですよ。これが詐欺というのなら、アメリカの社会
は、なぜそれを正式なビジネスとして、長年の間認めて来たかです。ニューヨー
クタイムズは、かれのビジネスの提灯持ちのような記事を載せたといわれてい
ます。まさかニューヨークタイムズが意図的にねずみ講詐欺に加担していたと
いうことはないでしょう。そう信じます。すると結論は、結果は詐欺事件となった
が、それはあくまでも結果であって、そうなる前はれっきとしたビジネスだったと
いうことです。上に並べたれっきとした金融機関は、マードフにもうけさせてもら
っていたというわけです。資本主義の落とし子などではありません。金融資本
主義そのものだったのです。実体経済とは全く関係なく、大銀行同士がもたれ
合い、お金をぐるぐる回して、株価をつり上げ、そこからもうけを得ていた。そし
て結局は、年金とか、老後の資金として蓄えていたお金が、ババを引かされる
結果になった、ということです。

 銀行の本当の仕事は投資です。真面目な起業家を発掘して投資し、企業の
成功から利益を上げる。これが投資です。集めた金を丸投げして、ファンドとや
らにばくちをさせる。これが投機です。ルーレットと変わりがありません。全ての
金融機関が、このような投機に走っているのが、現代の資本主義です。資本主
義はこんなにも変質していた。無理な株価のつり上げはバブルです。いつかは
かならずはじけます。はじけた時に、贖罪の羊ならぬ、ねずみにされたのがマ
ードフだった。今、メモを見つめながら、そう考えています。この事件は資本主
義が反省するまで忘れてはいけない。そうではありませんか。

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