老人党メルマガ(360)

7:老人党メルマガ(365)
北極星 02/27 06:56
   roujintou-news  ::: 老人党メルマガ(365) ::: 2011/2/27
        老人党掲示板 http://6410.saloon.jp/
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【13729】Re:かえるさんの寝言:堅実な生活を!   usagi65
【13742】Re:かえるさんの寝言:堅実な生活を!  かっくるなかしま
【13743】Re:かえるさんの寝言:堅実な生活を!   タミゾール
【13723】予算年度内成立──国会の役割 pierre
【13756】「アナログ終了延期=地デジ難民ゼロ化」を求める記者会見 坂本 衛
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【13729】Re:かえるさんの寝言:堅実な生活を!   usagi65 2011-2-22 12:01
 ▼かっくるなかしまさん:レス有難うございます

私の考えの及ばないところを丁寧に指摘していただいて勉強になっております。
昨晩H.KAWAIさんへのレスを書いたのですが、ダイエー(かっての雇用主)への私個人の考えですが、まだ会社は存続し努力されておられるのに申し訳ないと思い削除いたしました。
「一握りの成功者の陰に、死屍累々でしょう。」

これが自由経済の厳しさ、過酷な面でしょうね。私は夫が転勤族だったものでその土地、その土地の中小企業で薬品販売という仕事をしてまいりました。

大手スーパー・ダイエーだったり、チェーン店のひとつだったり、有限会社だったり、小さい会社の場合は社長ともよく話をしましたので、儲け、いわゆる収益をあげることがいかに難しいか身にしみました。
顧客数を増やすということは他店と共存はできないわけでどちらかが撤退するまで競うことなのです。サラリーマンの娘に生まれ、なかなかできない経験でした。

ですから優秀な企業者にはどんどん儲けていただいて会社を大きくし、雇用を増やし、社会貢献もしていただきたい・・となるわけです。

「我が国の場合、起業しても、失敗した場合、再出発が厳しいです。ハイリスク・ハイリターンを志向するリスクマネー(≒奇特な富裕層のカネ)に厚みがなく、新興企業(ベンチャー)や、上を狙う中堅・中小企業は、どうしても、銀行や信金・信組におカネを頼ってしまうため、失敗すると、やり直しが難しい」

自由経済の世界では、必ず敗者は出てくるので、再出発を支援する手立てはないものでしょうか?
それこそ大企業の大きい益の一部をまとめて財団をつくり「再出発資金」なるものが出せないかと思いますが、いかがでしょうか?

財団といえば「日本財団」というのがあります。公営ギャンブル・ボートレースの売上金の一部を財源に公益活動をしています。最初、笹川良一さんが304億円を基金として立ち上げられたそうですが、社会福祉、教育、文化、国際交流、船舶関係へ資金援助を行っています。

私どものボランティアグループにも日本語学習のためのテキスト、問題集、参考書、ビデオなどのための資金援助をいただき、はじめてその存在を知りました。
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【13742】Re: かえるさんの寝言:堅実な生活を! かっくるなかしま 2011-2-24 18:10(編集)
▼タミゾールさん:こんにちは。順序逆で、続きますが、

>>特に、タミゾールさん、官尊民卑はまずいっしょ(笑 私は、「職業に貴賤なし」って考え方を、原則にしているもんですから、どっちかといえば、職業に貴賤なしなんだから、納税していればまずはよしとしたい、

>おしかりをうけてしまいました。民間の努力を軽視してはいけませんね。私は、納税していればよいとは思いますが、もっと納税、あるいは同等の行為を取ってもいいのではないかって思うのです

しかるなどとんでもない。見解に差異があったとして、どういう考え方に基づくものなのか、そうしたところに興味あり、というところです。

官尊民卑という考え方も、否定はしませんよ。
さすが東大法科を卒業した人たちの考えることやることは、一味違う、二枚も三枚も民間よりも上だ、
さすがだ、おれたちと違う、できが違う…だったらそれでもいいんです。
(そうあるべきだし、そうじゃないとおかしいんじゃないかと思いますけどね。)

それと、官僚主導、と言ったとき、反対、という意見がありますよね。(否定はしません)
一方で、私の見方としては、官僚主導の国家、というのは、社会主義の国家を意味します。(私見)
(注記:全体を計画できる、と考えるかどうかに帰着しますが...)

じゃあ、社会主義、と言ったとき、官僚主導反対と社会主義反対は、どこまで一致するのか。
私の見方に基づくと、社会主義賛成は、官尊民卑と矛盾を生じません。

>ユニクロだって、危機を脱して企業努力でここまで持ち直してきたのだし、常に薄氷を踏む思いをして必死に頑張った結果と言っていいでしょう。しかし、やないさんが自社製品のユニクロを着ていても、中国でかつて指導者が人民服を着ていたような白々しさを感じてしまう。

>あんなに儲けているのなら、もっと価格を安くできるのではないかという疑惑や、労働者にちゃんとそれなりの給与を払っているのだろうかって思う。もちろん、どんどん正規社員を雇い始めたのは評価できつつも、当たり前と言えば当たり前のことであろう

ユニクロ(ファーストリテーリング)、調べてみます。

>思うに、成功した経営者の心境など、全く想像もできないのですが、成功した場合に、自分の価値に対する虚しさというものが生じると思うのです。けっこう、イノベーションに成功した人は、アスペルガー的な不思議なこだわらない生活で、好きなことに夢中になっていたら億万長者になってしまったということもあろう。そういう、変わりものの成果により雇用も生まれ生活が豊かになるのであるから、われわれ凡人はそのような風変わりな人材を寛容に育てる必要はあるでしょう。

そこの考え方は、ちょいと分りかねます。失敗した場合には、どうしても自分の価値を否定する方向に考えが及ぶので、精神内科の先生によれば、そういう時は、自分を責めないで、自分のやり方の見落としや誤りに目を向けよう、でした。

成功した場合ですが、大きな成功をしたことがないので、分りかねるところですが(^^;;
どうなんですか、何かを達成したら、次の目標を立てて、チャレンジしますよね。
そこで終わりにはならないんじゃないですか。

タミゾールさんも、研究目標で何かをやり遂げようとしているわけですよね。でも、やり遂げたらそこで終わりはならないと思いますが。

>しかし、一旦成功し、多大の利益を収めた以上はそれなりの社会的な責任が生まれ、市場の論理によるだけでない影響力を意識してほしいと思うのは、統制的な思考なのだろうか。

私は、H.KAWAIさんの、こちら(↓)の意見に近いですよ。
http://6410.saloon.jp/modules/bluesbb/thread.php?thr=1301&sty=2&num=37
(【13740】Re: かえるさんの寝言:続・ビジネス)

>○つまり、個人であれ会社であれ、企業は社会に何らかの「貢献」をすることによって「対価」を受け取るのであって、社会から見ればその「貢献」こそが企業の「存在意義」なのである。
>○ここで、間違えないでほしいのは、ここで言っている「貢献」とは、メセナとかによって、企業がその利益を社会に還元することを言っているのではないということである。

>○例えば、電力会社なら工場や家庭に電力を提供することが「貢献」なのであって、それ以上の「貢献」を求められる理由などありはしないのである。

活動の結果に注目すれば、利益ですが、活動の過程に注目すれば、存在意義or存在価値だ。
加えて、納税(課税)は、その使途は公的なものだから、
過程と納税の2か所で、企業は、(あるいは個人も)そこで社会と関わりを持っていることになりますよね。

>市場の論理が、自然に弱者の救済をシステムに組み込んでいるのならばいいのですが。

市場の論理、というのが、ちょいと分りかねます。例えば、業績が悪くなって、ばっさり人を切る経営者、会社があるとき、それが市場の論理で、解雇されてしまった人は、弱者というような見立てになりますか。

市場の論理という時、いろいろな側面がそこにはありますが、私の中での、市場の論理というのは、おカネさえ払えば誰でも取引できる、その点で、売り手は買い手を差別しない、というのがまずくるんですが。
第一義的には、市場の論理というのは、経済民主主義のことですよ。

それと、企業を評価するうえでの市場の論理、という場合、確かに、利益が出ているかどうかには着目しますけれど、どのように利益を出しているかに最も注目しますよ。
経営者が努力や工夫を怠って、自身の経営責任を従業員に転嫁して、安易に人を切るような会社では、持続性がありませんから、上場企業であればそうした株式は売りですよ。

競争という側面での市場の論理という場合、それは差異を生み出す、ということになります。同じ価格であればよいもの、同じ性能であれば安いもの、そうしたものが選ばれるのが合理的だ、という論理です。

それから、競争という言葉には、2つの意味がありますよ。絶対的な競争と相対的な競争です。
絶対的というのは、自らの価値を高める方向で戦う、相対的というのは、相手の価値を低める方向で戦う。
前者は、達成しつつ利益を得る考え方、後者は、とにかく利益を得るという考え方。
これは、幸せとはなにか、という価値に関わってきますよ。

蛇足ですが、
ダーウィンの考え方は、どうも誤解されていて、あれは弱肉強食じゃないです。

弱肉強食が市場の論理だとすると、相手を蹴落とすことが是、となりますが、(相対的な競争、つまり、ゼロサムだと、相手の失点=自分の得点)

ダーウィンのは適者生存ですよね。

適者生存というのは、環境(≒状況)に、うまく対応していけば、それなりにやっていける、ということで、
生物界を眺めたとき、別に、強い者が上にいて残って、弱いものが淘汰されていなくなっているんじゃなくて、
それぞれに変化して特徴を持った生物が、多種多様にある、という姿でしょう。

>マクドナルドが食育教育をするというようなめまいのするような社会貢献はいらないです。

私は、モスバーガー派ですね(^^

>シュンペーターではないですが、イノベーションに成功したひとたちのエートスは自然に社会主義化するというのは理解できるのですが、日本のお金持ちたちはそのような変化をあまり見せず、ひたすら自己利益の増大を最大値にしようっていうようにみえるのがおかしいと思う

う〜ん、私と、概念の捉え方に、ずれがあるところ。
イノベーションに成功したひとたちのエートスは自然に社会主義化する、とはどういうことでしょうか。分りません。

シュムペーターは、10数年前に読んではいるんですが、確認してます。
当たるべき出典は、「資本主義・社会主義・民主主義」(中山/東畑、東洋経済)でよろしいですか?

>…日本のお金持ちたちはそのような変化をあまり見せず、ひたすら自己利益の増大を最大値にしようっていうようにみえるのがおかしいと思う

う〜ん…私益を図る、あるいは私益に関心が向かう、というのは、おカネ持ちに限らず、普通じゃないかと思うんですが…

おカネ持ちにもいろいろあるわけですが、非市場の論理、非競争の論理で稼ぐ場合、即ち、節脱税で蓄財する場合、必然的に、表に出せない、税務署に目をつけられたくない、故に、目だったことはしたくない、眠らせておく、となるし、私はそうした素因、土壌が、我が国にはあるように思われますけどね。

>個人所得の上限のリミッターが切れたようなところに行ってしまった人たちは、正常な判断ができにくくなっているのではないでしょうか。鳩山さんもそのひとりかも。

鳩山さんの場合は、所得が税金で、可処分所得が財産です。私の見るところ、「若者下流社会」、その延長線上にある「格差固定社会」、その先の「疑似貴族身分制社会」を、先取りして体現したシンボリックなお方ですよ。

蛇足ながら、そういう安住・安眠する既得権者を、私は、若い人たちには、ぜひとも打ち滅ぼしてほしい、と思っておりますので、ただでさえ、生涯所得が半減してしまっている若い人たち、彼らの個人所得に、上限のリミッターをかけることには、反対であると、申し上げておきましょう。

>したがって、そういう人たちが正常な判断をできるような社会的装置が必要だって思うのです。
>寄付や文化的なパトロンになるなどの行為をしないと、社会福祉の財源として強制的に徴収するのはやむをえないって思うのです。もちろん、怠け者の公共部門の職員がそのおこぼれをいただくというのは避けねばなりませんが

usagi65さんへの返信にて、こう申し述べましたが、

>>納税額の多寡にかかわらず、納税が必要なところに必要なだけ使われるという、政府の支出行動に対する信頼回復が、併せて必要だと観ています。政府支出行動が杜撰なままであれば、所得税率引き上げも消費税率引き上げもどうあれ、盗人に追い銭だろうと観ています。

制度を担保する仕組み、制度への根拠ある信頼を欠いたままであれば、福祉財源目的であれなんであれ、税収確保のための、所得税率、消費税率、法人税率の引き上げのいずれも、「安易な手法である」、

そのように見ております。

ps. あらためて、タミゾールさんに一言。
社会福祉の財源として強制的に徴収する…議会制民主主義(≒有権者の合意形成)のもとでの政治的な軋轢がなければ、財務省としては、各種税率の引き上げは、最も望むところでしょう。

徴税は、国家の国民に対する最大の権力行使ですよ。強制性が私的所有権を遠慮なく踏み越えてきてしまうようだと、国家による強制性に歯止めがかからないと思いますけどね。国民の委託者としての議会、その執行機関としての行政という枠をはみ出してしまうと、それだと、も〜、「お上」の世界ですよ。守るべきものを譲り渡してしまうと、後から支払う代償は、途方もなく大きくなるように思えてなりませんけどね。 では。
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【13743】Re: かえるさんの寝言:堅実な生活を!  タミゾール 2011-2-24 19:26
 ▼かっくるなかしまさん:こんばんは

専修のことは中部地方では名前ぐらいはわかりますが。印象が今は薄いです。
同級生が卒業して3Mに就職して、成果主義でひいこら言ってるっていってた。ポストイットをいただいた。
まあ、専修の建学の精神に近い就職といってよかろうか。

専修は先見の明があったというか、早すぎたというか、産業化する日本をよく見ていたというべきでしょう。
慶応の校舎を借りるなど、福沢的健全な民間・自由な精神を持っていたようですね。
明治前期はとにかく混沌としていつつも、さまざまな可能性に満ちていたのでしょうね。福沢は官を毛嫌いしていたが、民・官の間では頻繁な交流もあって、あながち官=悪というわけでもなダイナミズムがありましたね。

また、自由な個人の競争(競争という言葉そのものが幕末ではタブー視されていたことは『副翁自伝』でも述べられている)という概念そのものが、誤解されていましたよね。こたえになっているかどうか。

森有礼の作った東京商法講義所が変遷しつつ一橋大学に成長したのに対して、専修はそれほどでもないのか。
とにかく、日本は私学が多くの教育要求を吸収しつつ、一流の座からはさげすまれてきた。けしからんですね。
学費は特にひどい。せめて、学費が安ければ。高校無償化でも、大学の学費は少子化の要因でしょう。

専修の創始者たちの多くは旧藩の無償の支援を受けていた。今の高等教育について、アメリカとの関係について、経済を見る目について、さまざまなことを考える機会になりました。

こぼれ話。映画に出てくる御三卿の清水のお殿様は、アメリカ留学後、帰国後「無一物主義」を奉じスッテンテンになった。息子は日本航空史に名高い徳川大尉。娘は森有礼の三男の嫁保子です。
鳩山和夫も留学生の仲間としていました。

当時の留学生の希少性と勤勉性は今のそれと比して格段の差でしたね。
ニュージーランドの若者の災難に胸を痛めつつ、幕末・明治期の留学生の苦悩を推し量ります。
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【13723】予算年度内成立──国会の役割 pierre 2011-2-21 20:24

日本経団連の米倉弘昌会長が、21日の定例記者会見民主党の一部議員が会派離脱願を提出したことに対し無責任極まりないと批判したのに加え、「『自民党も国民の生活を無視して政局化しようとしている』と指摘。
『(国会議員は)国民のために何もしていない。給料泥棒だ』と強い不快感を示した」(日経QUICKニュース)と言う。

まことに同感であり、党利党略で政局ばかりしか眼中にない国会議員諸侯の近視眼的な振る舞いは、今さらながら、呆れるばかりだ。そもそも予算及び予算関連法案を年度内に成立させるのは、国会の当然の責務であり、そのためにも両院で700名あまりの議員に給料を払っているのである。

なぜなら、それが決まらなければ新年度の国政運営に重大な支障が出るからだ。したがってそれを年度内に決められないと言うのは、国会議員の能力が不足している証拠ではないか。そういう世間の常識に拘わらず、こうして与野党角突き合わせて争うのは、いきり立つ猛牛さながらの愚行で、到底“選良”とは言い難い。

与野党が、真に国民生活のために、予算修正に真摯な話し合いしたらどうなのか。先日の新聞コラムに、「あえて『画期的』な予算修正を」という一文があった。そこには「個別の項目を精査して不要不急な歳出をあぶり出すことが健全な野党の姿だ。一種のばらまきといえる子ども手当をカットするなど、国会版仕分けをしたら野党支持率は高まるだろう」(『nikkei .com』十字路10.02.18.夕刊)

とあった。野党にはこういう雅量が望ましいし、政府与党もそれを受け入れてこそ、真の国会正常化ではないか。
にも拘わらす、口を開けば「解散」しか言わない野党、財源の手当てもなく「公約」を守れと言う与党では、とてもこの国を任せる訳にはいかないのである。
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【13756】「アナログ終了延期=地デジ難民ゼロ化」を求める記者会見 坂本 衛 2011-2-27 0:05

■名称「地上アナログ放送の終了延期=地デジ難民のゼロ化」を求める記者会見
■日時 2011年3月4日(金)昼12時〜14時(開場11時25分)
■会場 参議院議員会館1階「講堂」(定員約200名)
■主催 地上アナログ放送「終了延期」プロジェクト
■要求書の発起人
岩崎貞明(『放送レポート』編集長)
小林潤一郎(編集者)
坂本 衛(ジャーナリスト)
清水英夫(青山学院大学名誉教授、弁護士)
砂川浩慶(立教大学社会学部准教授)
なだ いなだ(作家、医師)
原 寿雄(元共同通信社編集主幹)

■記者会見への出席者(登壇予定者)
上記発起人で出席できる者のほか、ゲスト登壇者数名(高齢者、障害者、共同住宅管理組合関係者、電器店関係者など、実際に地デジ移行の困難をかかえている方に依頼中)
国会議員のみなさんにもできる限り告知しますので、会場には議員・議員秘書の方がお見えかもしれません。
登壇予定のない方(議員・研究者・放送関係者・記者など)に、会場内から発言を求めることはあります。

■入場について
国会議員の方や議員秘書の方は、出席申し込みが不要です。ただし、講堂ドア内側の受付で名刺をお出しのうえご入場ください。フリーの方も含めメディア各社のみなさんはどなたでもご出席いただけます。写真撮影・動画撮影・ネット(録画・同時)中継・テレビ(録画・同時)中継も、ご自由にどうぞ(電源は各自ご用意を)

ただし、会場(講堂)内をのぞくすべての場所が撮影禁止で、囲み取材なども会場内に限定されていますのでご注意ください。定員は椅子席約200名で、立ち席50名を加えた250名分の入場パスを用意します。
主要メディア各社の放送・テレビ担当部署には、別途リリースをFAXします。

■記者会見の開催趣旨
地上デジタル放送の移行予定期日まで5か月を切りました。しかし、受信者側(家庭や事業所)の準備がどうにも間に合わず、このまま地上デジタル放送完全移行・現行の地上アナログ放送停止を強行すると、テレビを見ることができない世帯が最大数百万規模で発生することが確実な情勢です。

国民や視聴者大衆はもちろんのこと、地上デジタル放送を推進する国(総務省)や放送局にとっても、地上アナログ放送の終了を2年ほどをメドに延期したほうが、大きな混乱を回避し、ムダなコスト増や収入減を避けることができます。日本国内のほとんどすべての人・世帯・企業・団体・役所(都道府県市町村)や放送関係者・関係会社にとって、計画を延期するメリットのほうが大きいことは、否定しようがない状況です。

そこで、私たちは標記の記者会見を開き、総務省と全放送局にむけた要求書と数十人の賛同人メッセージを発表します。また、私たちがなぜ延期を求めるかをお話しさせていただくとともに、現時点で実現可能と私たちが考える地上アナログ放送「終了延期」プランを発表・説明します。

このプランは、
(1)地上アナログ放送の終了期限を事実上、最大2年3か月延長して継続し、
(2)放送エリアごとの段階的終了(停波)を認め、しかも
(3)アナログ「本放送」は既定方針通り終了し、
(4)総務省やデジサポの地デジ支援策や地デジ未対応者に対する告知・警告を継続できる、
(5)電波法改正の必要がない、
(6)地デジ難民の発生を最小限に抑え込むことができるプランであると信じます。

新聞社、通信社、雑誌・出版社、放送局(テレビ・ラジオ)、インターネットはじめさまざまなメディアにたずさわるみなさまに、ぜひ、ご取材いただき、地上デジタル放送の正確な現状、地デジ難民が発生する恐れ、地上デジタル放送への完全移行・現行アナログ放送の終了を延期することの大きなメリット、地デジ計画をソフトランディングさせ地デジ難民をゼロに近づける望ましい方法などを、広く社会にお伝えいただきたいと考えております。

多くの方々のご出席を心よりお待ち申し上げます。
発起人一同/地上アナログ放送「終了延期」プロジェクトチーム
●より詳しい記者会見のお知らせ
http://analogenki.web.fc2.com/kaiken.html
●【出席申し込み】へのショートカット
http://analogenki.web.fc2.com/kaiken.html#syusseki
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