老人党メルマガ(拾い読み編:194-1)

9:Re: 老人党メルマガ(拾い読み編:199-1)
北極星 12/30 08:40
roujintou-news  ::: 老人党メルマガ(拾い読み編:199) ::: 2007/12/30
 ★老人党掲示板 http://www.6410.saloon.jp/
=========================================================================
【389】ローマ教皇ベネディクト16世、核兵器廃絶への協調を呼びかけ こみち
【392】Re: 核兵器廃絶への協調を呼びかけ/空しい呼びかけ e-seigi
【395】Re: 空しい呼びかけ〜とは私は思いません。 こみち
【412】Re: 暮れなので           k.satou
【413】Re: これでは中国も戦争はし難くなってなってきたのでは  昭和 人
【408】「特攻の母 鳥浜トメ」 太田博
【404】教科書問題‐沖縄集団自決について もぐら
【405】Re: 教科書問題‐沖縄集団自決について 珠
【407】老後・介護を考える          珠
【386】Re: 暮れなので           k.satou
【406】Re: 官民の賃金格差について     peace
【396】Re: イベントも本もテレビも映画も メルメル
=========================================================================
【389】ローマ教皇ベネディクト16世、核兵器廃絶への協調を呼びかけ
こみち 2007-12-25 0:10

ローマ教皇ベネディクト16世は、今年の12月8日、2008年1月1日「世界平
和の日」に向けてのメッセージを発表しました。

*世界平和の日とは↓
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/kiganbi/peace.htm

そのなかでベネディクト16世は、「大きな家族としての人類」「その家とし
ての地球」を大切にし、環境を保護し、さまざまな浪費を避け、資源の賢明な
使用、登美の平等な分配を保障する努力をしなければならないと説くとともに、
紛争停止と軍縮を強く訴え、以下のように呼びかけています。

 「このような困難な時代にあって真に必要なのは、すべての善意の人が、
  とくに核兵器の分野で、『実効的な武力放棄』に向けた具体的な合意を
  見いだすことです。核不拡散の進展が停止している状態にあって、わた
  しは政治指導者たちに勧告しなければならないと感じます。強い決意を
  もって『現有核兵器の段階的・協調的廃絶』に向けた交渉を再開してく
  ださい。わたしはこの呼びかけを、人類の未来に関心をもつすべての人
  の願いと声を合わせて行います」

私はキリスト教徒ではありませんし、その他の特定の信仰も持ちませんが、世
界中にカトリックらに大きな影響力を持つ現ローマ教皇がこのような呼びかけ
を唱えたことに対して、強い敬意と共感を覚えます。

人類は、もう戦争をしてはいけない。とくに、核兵器の実効的な廃絶の道をな
んとか見出していかなければならない。そうしなければ、人類共通の「家」で
ある地球環境そのものを保つことさえ危うくなってしまう。私たちはすでに、
そのような時代に入っているのだろうと、あらためて思いを致しました。

*なお、2008年「世界平和の日」メッセージの全文は、以下で読むことがで
きます。
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/doc/peace/08peace.htm
------------------------------------
【392】Re: 核兵器廃絶への協調を呼びかけ/空しい呼びかけ e-seigi 2007-12-25 10:16

キリスト教だけでも幾つもの宗派に別れ、その他の宗教も入れると、まさに様々な考えなのが人間という愚かな生き物である。単独で誰かに問えば核兵器はやめよう止めるべきだという。何故戦争は止めようとか、全ての兵器は止めようといわないのか。

それは核兵器は自分達も死ぬからである。自分たちが生き残って、他の考えの人だけが死ぬのなら、平然と兵器を使うのが人間である。核兵器を使わなくても、クラスター爆弾とか広大な面積を一瞬で焼却する爆弾とかも新兵器はいろいろ出来ている。

これらを無くすためには、核兵器だけを特別視するお目出度い考えでは無理なのである。
でも人間は元々お目出度く勝手なので、空しい願いであり呼びかけなのである。
------------------------------------
【395】Re: 核兵器廃絶への協調を呼びかけ/空しい呼びかけ〜とは私は思いません。
こみち 2007-12-25 18:41
▼e-seigi さん、レスありがとうございます。


まず第一に、バチカンの、いわばカトリックの総本山からのメッセージですか
ら、たしかにその呼びかけに各国政府がすぐに応じるというほど楽観的には私
も見ていませんが、国際政治上でも、文化的な見地からも、少々長い目で見た
ときに、ローマ教皇が明確に核廃絶への取り組みを呼びかけたことの意味は、
小さなものではないだろうと思っています。

それから、だからといって私はなにも、虎の威を借りるというか、ローマ教皇
がこういったからどうこうと権威主義的に言い立てたいわけでもなく、その内
容にじっくり耳を傾ける値打ちがあると思ったから、キリスト教徒でもないの
に紹介したのです。

人類を大きな家族と考え、地球をその住み家として大切にすることを説いてい
ます。そのベースにはキリスト教的「愛」の思想があるのでしょうけれど、そ
れだけではなく、個々人や特定の集団、国、民族、等々の利害を超えて、地球
的な規模で諸問題を見通していかなければ、もはや人類と地球の未来は展望で
きないというのは、すでに世界中で多くの人々が、さまざまに感じていること
なんじゃないでしょうか。

たとえば地球環境、温暖化とかのことだってそうですし、人口問題や食糧問題、
エネルギーのことだってそうです。そして、そういった流れのなかで、核兵器
廃絶というテーマについて、ぜひとも具体的な取り組みをもう一度真剣に進め
なければならないと、呼びかけているんです。

そんな今回のローマ教皇「世界平和の日」メッセージが、「空しい呼びかけ」
だとは、私はまったく思いません。ベネディクト16世の言葉を、どうか一度
ゆっくりお読みになってみてください。
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/doc/peace/08peace.htm

後の話は(もしあるとすれば)、まあそれからにいたしましょう。
------------------------------------
【412】Re: 暮れなので    k.satou 2007-12-29 7:29:12

たまには こんなのはどうかね? http://lib21.blog96.fc2.com/
中国とロシアの妖怪が さまよいだし、その断末魔をみせるのかね?妖怪は古来退治されなきゃいけない。

2008年は希望に胸ときめかす 年でありたいものですね。
皆さんのご多幸を祈念しております、では また来年。
------------------------------------
【413】Re: これでは中国も戦争はし難くなってなってきたのでは  昭和 人 2007-12-29 9:13:06
 ▼Ksatouさん: お久しぶりです。情報をありがとう。

これを見て感じた。
投資先との安全や、経済的な損得などから、中国は戦争し難くなってきたのではないか? と。

経済交流は、戦争の元にもなるが、戦争し難くもなる。
私は 中国が世界の平和を守り、戦争し難くなる方を期待する。
------------------------------------
【408】オフライン支部便り:太田博 さま(12月7日)   笹井明子 2007-12-28 10:33:09
 「特攻の母 鳥浜トメ」

表記、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、ご存知ない方もいらっしゃると思いますので、紹介させていただきます。

昭和二十年三月、硫黄島を占領した米軍はいよいよその矛先を沖縄に向けてきました。この戦いに負けたら日本の敗北は決定的になるため、沖縄を絶対に死守する作戦が敢行されました。沖縄特攻作戦です。片道の燃料だけ積んで爆弾を搭載した機体もろとも敵艦に体当たりする肉弾攻撃です。

世界の戦争史上類を見ないこの凄まじい攻撃を遂行したのは、私より二、三年先輩の若者たちでした。この攻撃のため、最前線基地となったのは、太刀洗陸軍飛行学校分教所のあった鹿児島県の知覧でした。ここには特攻隊の隊員から「お母さん」と慕われた鳥浜トメさんがいました。トメさんと飛行兵との交流が始まったのは、トメさんの「冨屋食堂」が昭和十七年軍の指定食堂になってからでした。

しかしその交流も沖縄特攻作戦が始まると、別離の悲しい体験に変わっていきました。全国から集まってくる若者達はわずか四、五日の滞在で二度と帰らない攻撃に出て行くからです。「特攻の方々が行かれる時には、にっこり笑っていやとも言わず、涙ひとつも落とされませんでした。さぞ肉親の方々にも会いたかっただろうに、日本を勝たせるために、早く行かねばとただそればかり言っていました。」

純真で「幼児のように優しかった」特攻隊員をトメさんは親身になって世話しました。彼らが注文した食事が終わるとお茶やぼた餅、寿司や夜食、焼酎やつまみを出してあげました。農家から取り寄せた新鮮な野菜や卵を食べさせたり、もの不足で手に入らない石鹸や薪を買ってきて入浴させたり、託された遺書の送付や遺族に手紙を書いて知らせるなど尽しました。それでも「明日には命をささげていく方からお金は頂けない」という気持からトメさんはほとんどお金を取ることはありませんでした。そのため自分の持っていた着物や飾り棚、衝立などの調度品、家財道具まで売ってお世話をしました。

特攻による決死の戦いも功を奏せず、日本は敗戦を迎えました。それと共に特攻隊に対する世間の目は冷たくなって行きました。しかしトメさんの隊員達への追慕は少しも変わりませんでした。「国のため死んで行ったあの若者たちを忘れさせてはならない」と一人で飛行場の片隅に小さな棒切れを立て、墓参りを続けました。

やがて遺族や関係者を動かし、昭和三十年九月には「特攻平和観音像」を建立、毎日花と線香を持ち、慰霊と清掃に通う日々が続きました。平成七年には観音堂の横に『知覧特攻平和会館』が建設されました。ここには特攻隊員の遺書や遺品が数多く陳列されています。現在では全国から大勢の人が訪れて特攻隊員の姿に目頭を熱くします。これも戦後トメさんが特攻の人々の慰霊に身を掲げてきた献身的努力の賜物です。

トメさんは平成四年八十九歳で亡くなりました。この偉大な生涯に心からご冥福をお祈りいたします。

1-

BluesBB ©Sting_Band