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 【25548】Re: 一般とは? 〜 積極的... usagi70 2014-9-15 11:03:37
 【25550】Re: 一般とは? 〜 積極的... 沈黙の朱夏 2014-9-16 1:45:47
 【25552】Re: 一般とは? 〜 憲法九... 沈黙の朱夏 2014-9-16 8:53:04
 【25564】Re: 一般とは? 〜 積極的... 大愚 2014-9-17 23:16:01
 【25565】Re: 一般とは? 〜 御礼&積... 沈黙の朱夏 2014-9-18 9:10:36

39 【25548】Re: 一般とは? 〜 積極的平和主義のルーツ
usagi70    2014-9-15 11:03:37  [返信]

    朱夏さんこんにちは

    今日は敬老の日ですが、居心地悪いですね。
    これだけ老人が増えていろんな意味で心配する人はいても「敬老の
    日」は止めてもいいのでは?
    「老人問題を考える日」?ストレート過ぎますね。

    さて戦争に関して、興味深いQ&Aを読ませていただきましたが私の頭ではすっきりと理解し難く
    自分なりに意訳してみましたがまちがいないでしょうか?

    【問1】「戦争とは、人類の誕生と共に存在してきた不可避の現象などではない」
         戦争とは、人類の誕生と共に存在してきた避けられない(避けることができない)
         現象ではない。避けることはできる。
    【問2】「戦争は、不可避の現象ではなく、むしろ、一定の条件の下に成立する社会現象であっ
        て、その条件がなくなった時には消滅するはずのものである」
         戦争は、避けられない現象ではなく、一定の条件のもとに必ず起きる社会現象であっ               
         てその条件がなくなった時には戦争はこの世からなくなるはずのものである。
    【問3】「過去から現在に至る過程で眺めれば、戦争時代は黄昏を迎え不戦時代が到来しつつあ
        る」

    私の解釈からのアンサーは「はい」「いいえ」「いいえ」です。
    「問1」に関して、原始時代ならともかく文明の進んだ現代では愚かな戦争を避ける手立ては
     あると思いたいのです。希望的「はい」かもしれませんね。

    しかしわからないのは安倍さんの積極的平和主義がこの3問に「はい」だということです。
    理想主義的平和論が積極的平和主義の根底をなすということが
    具体的にに何を意味するのか朱夏さんの私でも分かりやすいご見解をお聞きしたいです。
    ただ安倍さんが西洋的安全保障を考えているのではというのは何となく理解できます。理解するというの
    と私がそれに賛成かということとは違いますが。

    安倍さんの回答を考えながら思ったのですが、安倍さんは楽観的な
    人ではないか?だいたい日本人は悲観的に物事を考えるように思いますが・・・安倍さんの饒舌さと「イエス」「ノー」がはっきりしているところと、感情をむき出しにするところは今までの日本人的ではありませんよね。食生活が欧米化してキャクターも欧米化して
    考え方も欧米化してきているのかな?なんて考えすぎでしょうか?

閲覧 34350
40 【25550】Re: 一般とは? 〜 積極的平和主義のルーツ
沈黙の朱夏    2014-9-16 1:45:47  [返信] [編集]

    ▼usagi70さん:
      cc▼海のYeahさん:
      cc▼珠さん:

    こんばんは。

    >今日は敬老の日ですが、居心地悪いですね。

    ともあれお元気であられてなによりです(^^)

    >これだけ老人が増えていろんな意味で心配する人はいても「敬老の日」は止めてもいいのでは?
    >「老人問題を考える日」?ストレート過ぎますね。

    老人党宣言に賛同の言葉を寄せていた赤瀬川原平さんの老人力にちなみ《老人力の日》を所望。あるいは、9月9日にして《重陽の節句》。←100-1=99で白歳の長寿を祝うとしたほうが美しいと思うから。

    >さて戦争に関して、興味深いQ&Aを読ませていただきましたが私の頭ではすっきりと理解し難く
    >自分なりに意訳してみましたがまちがいないでしょうか?

    >【問1】「戦争とは、人類の誕生と共に存在してきた不可避の現象などではない」
    >     戦争とは、人類の誕生と共に存在してきた避けられない(避けることができない)現象ではない。避けることはできる。

    >【問2】「戦争は、不可避の現象ではなく、むしろ、一定の条件の下に成立する社会現象であって、その条件がなくなった時には消滅するはずのものである」
    >     戦争は、避けられない現象ではなく、一定の条件のもとに必ず起きる社会現象であってその条件がなくなった時には戦争はこの世からなくなるはずのものである。

    >【問3】「過去から現在に至る過程で眺めれば、戦争時代は黄昏を迎え不戦時代が到来しつつあ
    >    る」

    その通りです。間違いございません。

    >私の解釈からのアンサーは「はい」「いいえ」「いいえ」です。
    >「問1」に関して、原始時代ならともかく文明の進んだ現代では愚かな戦争を避ける手立てはあると思いたいのです。希望的「はい」かもしれませんね。

    お目通し頂きありがとうございました。

    私も希望的には全て《はい》です。

    私は全て《いいえ》としましたが、微妙に《はい》の要素も混じり、濃淡があります。
    ー   例えば、問1では、攻撃本能はなくせないが、抑止本能は備わっているのでその長所を活かせる環境に移行する。例えば、問2では、社会集団が若いと(青壮年男子の数が多いと)好戦的な傾向が生じやすいので老いるのを待つ、など。
    ー   条件により不戦への移行は可能でしょうが、そのハードルは高いと見ているので、条件が整うのはすぐにではなく、来世紀(22世紀)辺りの先のことだろうと見ているということになります。

    >しかしわからないのは安倍さんの積極的平和主義がこの3問に「はい」だということです。
    >理想主義的平和論が積極的平和主義の根底をなすということが具体的に何を意味するのか朱夏さんの私でも分かりやすいご見解をお聞きしたいです。

    たぶんそうではなかろうか、という推測で申しあげます。

    問1〜問3にある理想主義的平和論では、人間性、社会制度、歴史のそれぞれにおいて《変えられる》という強い確信があると観ています。また、その確信は、西欧諸国の宗教的伝統や歴史、社会思想に彩られているとも観ています。

    変えられる、という強い確信がまずあり、

    その上で、どのような社会や経済や文化を目的として目指すか、また目指す上でどのような手段を選ぶか、となります。

    両者を合わせて、《社会改革論》となります。

    ここまでよろしいでしょうか。

    変えられるの反対が、《変えない》となりますが、その著しい例が《伝統主義》です。
    ー   ここでの伝統主義とは、とにかく変えない。昨日のやり方を今日も、今日のやり方を明日もという流儀です。江戸時代です。

    ここで自分の価値感覚を挟むと、

    変えるべきものは変え、そうでないものは変えない、のがよいと思うとなります。
    ー   これを保守主義といいますが、世の中的には、保守主義は、伝統主義や復古主義の文脈で使用されてしまっている。

    何を申し上げようとしているのかと言えば、

    1) 変えられる、という確信が強過ぎると、あるいは変えることに楽観的であり過ぎると、《ためらいなく》変えようとするだろうということです。

    2) そして、変えられる、という確信は、上記のように、西欧の宗教的伝統、近代史(市民革命)、進歩主義的歴史観のもとで育まれてきたので、その社会改革論は、《欧米流社会改革論》であることを免れないだろう、ということです。

    3)平たく言えば、単に変えられると確信するだけでなく、目指すところ欧米のように変えていく、となるわけです。

    ここで再び自分の価値感覚を挟むと、

    変えるにせよその地域や文化に合ったやり方や目標があるはずだと思う、となります。

    ここまでよろしいでしょうか。

    【問】理想主義的平和論が、積極的平和主義の根底をなすということは、具体的に何を意味するのか?

    【答】社会改革論の1つとして、あるべき安全保障体制の構築というものを考えた時、《欧米主導》のそれを目差すことが積極的平和主義です。安全保障体制を構築できると彼らが考える根底には、社会や世界を変えられるという理由と確信があり、それが理想主義的平和論です。その理想主義的平和論もまた、欧米の基本的価値観の内にあります。

    【別答】誰による誰のための平和かと問えば、欧米による欧米のための平和です。彼らがそれをできると考える理由が理想主義的平和論であり、その参画に協同しようというのが積極的平和主義です。

    >ただ安倍さんが西洋的安全保障を考えているのであるはというのは何となく理解できます。

    西欧、あるいは欧米には、彼らの理想とする安全保障体制があるわけです。それは少なくとも彼らにとって都合がよいものでなくてはなりません。
    ー    欧米の経済的、軍事的覇権に対して、市場経済化しつつあるロシアと中国が軍事的に異を唱えない状況でしょう。国連安保理が戦勝国として欧米主導のもとでまとまれる状況、と言ってもよいでしょう。

    前掲の「新・戦争論」では、《欧米による平和》の時代の到来を予想/期待し、

    我が国は、その《欧米による平和》に貢献すべし、というのが基調です。

    その平和のもとでは、世界に戦争はなく、紛争があるだけであり、その紛争解決に我が国は積極的に関与すべきである、となる。
    ー    戦争はなく紛争があるだけだというのは、憲法上、(自衛を除き)戦争をできない我が国の参戦を国際法上、合法化しようという外務官僚の詭弁です。

    それが所謂、国際平和貢献論ですが、《欧米による平和のための国際平和貢献論》と記すのが正確でしょう。

    安倍首相もそういう考え方にあるわけですが、むしろ積極的に主導的にそれを推し進めているのが、外務省であり、その旧条約局であると観ています。

    だから、集団的自衛権を巡って、

    個別自衛権を延長拡大するのか、集団的自衛権を容認するのかで、与野党、与党内でせめぎ合っていたわけです。

    個別自衛権の延長拡大は、消極的平和主義の範疇です。
    ー    メディアで、朝日も毎日も中日もそれを支持。

    集団的自衛権の容認が、積極的平和主義の範疇です。

    >理解するというのと私がそれに賛成かということとは違いますが。

    全く仰る通りです。

    相手の言い分を理解しないことには、賛成も反対もできませんし、有効に反論することも難しいですから。

    私自身としては、積極的平和主義の中身を概ね押さえた上で(一応そのつもりで)、

    国際平和貢献論と集団的自衛権の組み合わせには 懐疑的であり否定的であり、

    公明党が閣議決定に抵抗し、集団的自衛権の内容を、実質的に個別自衛権の延長拡大の線まで押し戻したことを評価しています。

    >安倍さんの回答を考えながら思ったのですが、安倍さんは楽観的な人ではないか?だいたい日本人は悲観的に物事を考えるように思いますが・・・安倍さんの饒舌さと「イエス」「ノー」がはっきりしているところと、感情をむき出しにするところは今までの日本人的ではありませんよね。食生活が欧米化してキャラクターも欧米化して考え方も欧米化してきているのかな?なんて考えすぎでしょうか?

    安倍さんのことはよく分かりませんが、まずは、第一期政権での失敗で失脚同然でしたから、1回地獄を見ている逆バネと開き直りが効いているように思われます。
    ー    変な基準ですが、あのプーチン大統領にナメられなかったところは凄い。

    次いで、欧米化ということでは、近代化≒欧米化なので、みんな多かれ少なかれ欧米化しているのでしょう。
    ー    典型的には、江戸時代は《伝統主義》でしたから、《社会改革論》とは真逆ですが、右翼も伝統主義への回帰は唱えず、せいぜい敗戦前の近代日本への回帰とその時代への復古です。つまり、(左翼に限らず)右翼も《社会改革論》であるし、そうでなかったら昭和維新を唱えたりしなかったでしょう。

    祖父の岸信介元首相の影響がどの程か知りませんが、岸氏自身は戦前は《革新官僚》であり、ソ連の経済計画を参考に統制経済を志向していたので、その政策は急進的な社会改革論に立脚しています。
    http://ja.m.wikipedia.org/wiki/
    %E9%9D%A9%E6%96%B0%E5%AE%98%E5%83%9A
    (wikipedia、革新官僚、革新主義)
    >>革新主義とはイデオロギー、主義の類型のひとつ。
    >>市場を信頼せず、計画経済や統制経済などの公的介入によって経済格差などの社会問題や社会的不平等を是正や、政治機構の改革などを主張する思想のこと。

    最後に、安倍首相の安全保障政策、外交政策、その他については、石破前幹事長のそれとの興味深い比較がありましたので、ご紹介しておきます。
    http://agora-web.jp/archives/1610533.html
    (アゴラ、田谷、「石破幹事長VS安倍首相―真逆の安全保障観」、2014/08/29)
    ー    安倍首相は理屈のない観念論?(@_@)
    ー    なぜ、内閣改造で揉めたのか。安全保障観が《真逆》という指摘が面白いし、政策ブレーンの違いも興味深いです。

    では。

    なおもご不明の点等がございましたらご遠慮なく。お答えできる範囲にてお答えいたします。

    -----------------

閲覧 34268
41 【25552】Re: 一般とは? 〜 憲法九条の軍事戦略
沈黙の朱夏    2014-9-16 8:53:04  [返信] [編集]

    自己レスですが、
      cc▼タミゾールさん:
      cc▼海のYeahさん、つくつく法師さん、usagi70さん:
      cc▼珠さん:

    表題はこちら(↓)から。
    http://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/4582856799/ref=pd_aw_sims_7?pi=SL500_SY115&simLd=1
    (松竹信幸、「憲法九条の軍事戦略」、平凡社新書、2013/04)

    【問1】
    《主張》国防軍構想や日米安保への依存だけが日本の軍事戦略ではない。憲法九条の「制約」を「優位性」に変えれば、九条は軍事戦略として根拠をもち、世界をより平和な道へ導くことができる。

    《はい》でしょうか? 《いいえ》でしょうか?

    ・・・

    ・・・

    上記の《主張》が同書の著者の主張です。

    次は私の設問です。

    【問2】
    《主張》憲法第九条は、非武装不戦を規定しているのであるから、第九条と軍事戦略を結びつけて考えることは不適切である。(両者を結びつけるべきではない。)

    《はい》でしょうか? 《いいえ》でしょうか?

    ・・・

    ・・・


    問2について、その賛否は各人の自問自答に委ねるとして、

    私は《いいえ》です。

    実際、上記の同書は、《マガジン9条》にて取り上げられています(↓)。
    http://www.magazine9.jp/article/rev/9290/
    (マガジン9条、芳地、「vol.226 憲法九条の軍事戦略/集団的自衛権の深層」、2013/11/06)

    そのイントロで評者(芳地氏)がどのように取り上げているかと言えば、こう(↓)です。
    >> 戦争放棄をうたう憲法9条に対して「敵が攻めてきたら、何もしないで手を上げるのか」という反論がある。私は、こうしたレトリックには「違うだろ」と思う。

    《非武装不戦論》に対して生じやすい反論に対して、反論するという文脈で取り上げている(↑)。

    「憲法九条と軍事戦略」の著者である松竹氏は、同書の中で、集団的自衛権の行使を容認すべし、としています。

    どういうことじゃあヽ( ̄▽ ̄)ノ

    話は、《単純》ではないんです( ̄▽ ̄)b

    評者の芳地氏は、次のような文脈のもとで松竹氏の論を肯定的に評価しているのです。
    >> 「憲法九条のもとで『平和国家』だというイメージが世界中に浸透している日本。実際に戦後、海外で誰一人として殺したことがない自衛隊。日本は停戦監視のために、うってつけの国なのだ」 
    >> こういう立ち位置を日本が目指すことで、憲法9条や集団的自衛権の論議は、「敵から攻められたらどうする」といった内向きの脅し文句から解放されるのではないか。

    再び、問うてみましょう。

    【問2】
    《主張》憲法第九条は、非武装不戦を規定しているのであるから、第九条と軍事戦略を結びつけて考えることは不適切である。(両者を結びつけるべきではない。)

    《はい》でしょうか? 《いいえ》でしょうか?

    ・・・

    ・・・

    《はい》でも《いいえ》でもよいのですが、

    著者(松竹氏)の周辺では、次のような訴求/提案をしています(↓)。
    http://tumblr.ken-nye.com/post/48855329950
    (MeltingPot、憲法九条の軍事戦略)

    >>多くの人に読んで欲しいと思うが、私が特に呼びかけたい層は大きく二つある。ひとつは、「九条の理想には共感するが、現実として日本の周りに軍事的脅威があることを懸念する」人たち。もうひとつは、「九条を守ろうとするなら、自衛隊は武装解除すべき」と考えている人たちだ。

    大きく二つの読者層を狙っています(↑)。

    >>前者にとっては、まさに「願ったりかなったり」の内容ではないだろうか。やはり、中国の軍事的拡張や、北朝鮮の先鋭化した核開発に警戒心を抱くのは、日本に住む者として当然なことであろう。それに対する解答が、「改憲して防衛力を強化する」か、「軍事的な力には一切頼らず、外交力のみで対処する」か、2つの選択肢しかないというのはあまりに不幸である。また、「米軍にお願いする」なんていうのは、基地被害を集中的に受けている沖縄の方々にとっては噴飯ものであろう。

    前者とは、平和憲法に共感しつつも同時に国際情勢に懸念を抱く(多くの)人達のことであり、その懸念に答えるにはどうするかという《問題解決型》のアプローチを採っているわけです(↑)。
    ー    問題解決や満足できる答えになっているかどうかはまた別にせよ。

    >>後者については、まず「自分たちは少数派であり、理解されづらい」という現実を認識してほしいと思う。それは、少なくとも主観的な正しさとは何の関係もないのだ。そのうえで、「こういう九条護憲論もあるのだ」ということを知ってほしい。そして、「九条を守る」というシングルイシューで一致し、共闘したいのである。こういう主張も共闘相手として受け入れる度量が欲しいのである。

    後者とは、憲法九条を守るためには自衛隊の武装解除であると考える人達のことであり、彼らには広義護憲論をススメているわけです。

    スレ主さん(タミゾールさん)は、護憲論であれば当然、非武装中立なはずだというご意見のようであるし、

    それに異を唱えることは場違いの言い掛かりであるというような意見も散見されるわけですが、

    宜しいでしょうか、

    話は、《単純》ではないんです( ̄▽ ̄)b

    -----------------

閲覧 34209
45 【25564】Re: 一般とは? 〜 積極的平和主義のルーツ
大愚    2014-9-17 23:16:01  [返信]

    おはようございます。


     ▼沈黙の朱夏さん:

    昨日は、野球狂いになって酒に酔い
    今日もちょろっと酒に酔う。

    気づかなかったけど、
    指名を貰っていたみたいなので、


    ちょろっと、思うこと書いてみます。

    正直、否定の論理苦手ですが、
    >
    >【問1】
    >《主張》
    >「戦争とは、人類の誕生と共に存在してきた不可避の現象などではない」
    >
    >《はい》でしょうか、《いいえ》でしょうか?
    >

    結論を言うと、《いいえ》

    人類の起源について、知らないけども、
    野生動物の縄張り争い、求婚(言葉浮かばん)等、
    においてさえも、

    争いは、あり、

    言葉を駆使する人類においては、
    昔々、どこどこで争いがあった頃には、

    戦争は、人類の歴史と共に不可避でもあったと思う。
    (戦争に対して、今みたいに主観、客観的視野は
    もてなかった。)

    ・・・国際協調主観とするなら、

    一方、

    《はい》


    も、以前、本人は大真面目なのだけども、国境なき○○
    キングの出現でも、状況は(不可避なものでない)変わらないかとは思った。



    >【問2】
    > 《主張》
    >「戦争は、不可避の現象ではなく、むしろ、一定の条件の下に成立する社会現象であって、その条件がなくなった時には消滅するはずのものである」
    >
    >《はい》でしょうか、《いいえ》でしょうか?
    >

    《いいえ》

    なんでか分からないけど、

    皆が、貧乏且つスイスみたいな兵役或は、介護に
    身を寄せ年を経ていって、

    貧乏で国がなり立つ状況下に置かれた時、

    そう考えたら、

    世界は、変わるでしょうが。

    (気が変った。)

    積極的平和主義と、非武装の平和主義ですか。
    当方は、敵対する相手に対し、適度な武装を、
    自らはしなければ、強いお友達のひもになって
    に守ってもらう。ご都合主義でと考えてましたが、
    お友達に、やっぱり、プロの技に無料でと言う
    訳にはいかなくなった訳であり、

    即ち、

    ひも理論から、(別に新しいことではない)

    権力者(資産家)が益々権力を握る仕組み

    権力者の身内が狙われる。

    例えば、守りの兵隊(ボーン)をつける。

    ボーンのサラリーを支払うカンパニー

    権力者とその身内は、その力のあるだけ、

    ボーンを率いて、その兵糧の数だけ、

    カンパニーと、血縁、地縁、・・・

    たぶん


    と、権力者が、力得るのと同じように
    国の防御をお金で買う。

    あくまで適正防御力として、



    脱線する。







    >【問3】
    >《主張》
    >「過去から現在に至る過程を眺めれば、戦争時代は黄昏を迎え、不戦時代が到来しつつある」
    >
    >《はい》でしょうか、《いいえ》でしょうか?
    >

    《いいえ》

    と、しましたが、

    上記に書いたように、

    貧乏と相談すれば、物質的豊かさを適度に捨てれば、
    《はい》になるのかもしれませんね。

閲覧 33893
46 【25565】Re: 一般とは? 〜 御礼&積極的平和主義のルーツ
沈黙の朱夏    2014-9-18 9:10:36  [返信] [編集]

    ▼大愚さん:

    こんにちは。

    >昨日は、野球狂いになって酒に酔い
    >今日もちょろっと酒に酔う。

    広島と巨人の頂上対決かな。

    接戦の打撃戦のいい試合だったようで。私は外で飲んでいて観られず(>_<)

    >気づかなかったけど、
    >指名を貰っていたみたいなので、
    >ちょろっと、思うこと書いてみます。

    ありがとうございます。

    cc▼は、念のためご覧になってみてください、なので、お手隙か気の向いた時にでも。


    >正直、否定の論理苦手ですが、

    >>【問1】
    >>《主張》
    >>「戦争とは、人類の誕生と共に存在してきた不可避の現象などではない」
    >>《はい》でしょうか、《いいえ》でしょうか?

    >結論を言うと、《いいえ》
    >人類の起源について、知らないけども、
    >野生動物の縄張り争い、求婚(言葉浮かばん)等、
    >においてさえも、
    >争いは、あり、

    ダーウィンが来た(^-^)/

    >言葉を駆使する人類においては、
    >昔々、どこどこで争いがあった頃には、
    >戦争は、人類の歴史と共に不可避でもあったと思う。
    >(戦争に対して、今みたいに主観、客観的視野は
    >もてなかった。)

    >・・・国際協調主観とするなら、
    >一方、
    >《はい》
    >も、以前、本人は大真面目なのだけども、国境なき○○
    >キングの出現でも、状況は(不可避なものでない)変わらないかとは思った。

    おー、《はい》と《いいえ》の両方を考えてみると、ということか。

    私も、《はい》でしょうか?《いいえ》でしょうか?と設問していますが、

    書いている私自身、どちらかを選択しても、スッパリとは割り切れないところがあると思いながら、書いています。

    >>【問2】
    >>《主張》
    >>「戦争は、不可避の現象ではなく、むしろ、一定の条件の下に成立する社会現象であって、その条件がなくなった時には消滅するはずのものである」
    >>《はい》でしょうか、《いいえ》でしょうか?

    >《いいえ》
    >なんでか分からないけど、
    >皆が、貧乏且つスイスみたいな兵役或は、介護に
    >身を寄せ年を経ていって、
    >貧乏で国がなり立つ状況下に置かれた時、
    >そう考えたら、
    >世界は、変わるでしょうが。
    >(気が変った。)

    気が変わった?(*^^*)

    私も《いいえ》としたけれどが気が変わるところがあった。

    条件をどう考えるかによるところがあって。
    ー   無条件に、はいでもいいえでもないだろうと思っています。

    >積極的平和主義と、非武装の平和主義ですか。
    >当方は、敵対する相手に対し、適度な武装を、
    >自らはしなければ、強いお友達のひもになって
    >に守ってもらう。ご都合主義でと考えてましたが、
    >お友達に、やっぱり、プロの技に無料でと言う
    >訳にはいかなくなった訳であり、

    >即ち、
    >ひも理論から、(別に新しいことではない)
    >権力者(資産家)が益々権力を握る仕組み
    >権力者の身内が狙われる。
    >例えば、守りの兵隊(ボーン)をつける。
    >ボーンのサラリーを支払うカンパニー
    >権力者とその身内は、その力のあるだけ、
    >ボーンを率いて、その兵糧の数だけ、
    >カンパニーと、血縁、地縁、・・・
    >たぶん
    >と、権力者が、力得るのと同じように
    >国の防御をお金で買う。
    >あくまで適正防御力として、
    >脱線する。

    ひも理論出た(^^ゞ

    こちらでの他の方々のやり取りで、ローマの軍団と中国の墨子の話が出ていました。
    ー   私は海のYeahさんのご指摘に頷きながら拝見していました。> 海のYeahさん


    ローマは、帝国に版図が広がるまでは、ローマ兵が中心でしたが、帝国の版図が広がり、帝国の膨張が止まるにつれ《傭兵》を用いたようです。

    いくつかの理由があったようですが、

    私が調べてみて興味深く思ったのは、版図の拡大が止まると自らの軍団を持っていても、

    ただ守るだけでは軍団のモチベーションが下がったり、あるいは軍団を維持する費用が見合わないと考える人達(ローマ市民)が出てきたりする、そういう理由があったからだというところでした。

    これは見方によると、傭兵であってもなくても、《専守防衛》というのはなかなか凄いことだ、ということになります。
    ー   手柄を立てられない戦争は嫌だとか、領土の拡張にならない武力は無駄だとか、歴史的にはそういうふうに考えるのが一般的だったでしょうから、ただ守るだけ、というのは発想としては実は《画期的》なことなのだろうと。

    《専守防衛》というのは、凄いことなんです( ̄▽ ̄)b

    中国の春秋戦国時代の《墨子》について、タミゾールさんは平和主義や博愛主義の文脈で取り上げていたようだけれど、

    《墨子》というのはそれだけでなく、軍事的な職能集団であり、彼らは《専守防衛》の哲学と戦術を諸侯に売り込んだ《傭兵集団》ですよ。
    ー    通常の傭兵は報酬が目的ですから、墨子というのはかなり変わっています。

    我が国の戦国時代だと、上杉謙信が墨子に似ています。上杉謙信は攻めますけどね。でも上杉謙信は助成で加勢するが、領土を積極的に取りにいくというわけではない。
    ー    上杉謙信の配下の武将はただ働きのところがあり、ついていくのが大変だったと思う、当時の感覚では。軍団はいずれも精強であっても、上杉と武田とでは、軍団の性格がまるで違う。

    >>【問3】
    >>《主張》
    >>「過去から現在に至る過程を眺めれば、戦争時代は黄昏を迎え、不戦時代が到来しつつある」
    >>《はい》でしょうか、《いいえ》でしょうか?

    >《いいえ》
    >と、しましたが、
    >上記に書いたように、
    >貧乏と相談すれば、物質的豊かさを適度に捨てれば、
    >《はい》になるのかもしれませんね。

    それぞれの国の経済が、概ね自己充足的、概ね自給自足的に賄える状況であれば、積極的に戦争するモチベーションは下がるでしょう。
    ー    我が国の場合だと、人口5000万人の水準であるとできると思います。100年以内に。物財の消費量はかなり落ちますが、江戸時代にはそれでもやれているわけですから。
    ー    よほど問題なのは60億の人口を擁している世界のほうだと観ています。いったん80億人まで増えた後、20億人程度の定常的な人口水準に収斂していかなければならないわけだから。

    設問の1と2について、《SF》ではどう答えているか、どう描いているか、

    追記のほうにおまけで記しておきます。

    では(^-^)/

    -----------------

    追記しておきます。

    《SF》ではこれらの設問をテーマを、どう取り扱っているかです。
    ー    内容的に作品が優れていて、同時に流行(はやり)、あるいは話題性があって、巷でのネタ的に使えそうなものをセレクトしています。
    ー    専ら得意としているのは《SF》です( ̄▽ ̄)b

    >>【問1】 《主張》 「戦争とは、人類の誕生と共に存在してきた不可避の現象などではない」 《はい》でしょうか、《いいえ》でしょうか? 

    《はい》だと設定上、話にならないので《SF》では《いいえ》が多い。

    ただし、昔のような空想ではもはや質的に耐えられないので、今ではノンフィクション的な裏付けや学術上の仮説が伴うことが要求されています。作家もなかなか大変な時代。

    この問に関連する作品であり、今かなり注目されているのは、伊藤計劃の「ハーモニー」です(↓)。2015年にアニメ映画化で上映予定。
    http://www.hayakawa-online.co.jp/product/item_search_list.php?keyword_type=1&keyword=%A5%CF%A1%BC%A5%E2%A5%CB%A1%BC
    (伊藤計劃、「ハーモニー」、早川書房)

    粗筋は、wikipedia等でご確認を。

    装丁の帯のコピーは、《人間はなぜ人間なのか》、です。

    ユートピアの臨界点を描いています。

    平和への処方箋は、人間自体を変えてしまう。(ネタバレではないです)

    その時、ヒトは、(どうなる)(どうする)(そしてどうなる) です。

    類似のテーマとモチーフを備えている先駆的な古典がスタニフワフ=レムのこちら(↓)です。
    http://d.hatena.ne.jp/odd_hatch/touch/20130308/1362697920
    (書評、スタニフワフ=レム、「星からの帰還」、早川書房)

    平和への処方箋は、人間自体を変えてしまう。

    そして、その時、ヒトは。

    SFの中でのジャンルとしては、《未来社会テーマ》、《人類進化テーマ》に属してきます。

    >>【問2】 《主張》 「戦争は、不可避の現象ではなく、むしろ、一定の条件の下に成立する社会現象であって、その条件がなくなった時には消滅するはずのものである」 《はい》でしょうか、《いいえ》でしょうか? 

    人間が置かれている社会の《条件》を変えてみるとどうなるかという設定になる。

    作品として、まず二点挙げると、
    ジェームズ=パトリック=ホーガンの「断絶への航海」(↓)。
    http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/11504.html
    (同上、早川書房)

    スティーブン=バクスターの「タイム・シップ」(↓)。
    http://d.hatena.ne.jp/goldius/touch/20110427/1303877899
    (書評、同上、早川書房)
    ー    これはウェルズによる著名な古典、誰もが知る「タイムマシン」の正統な続編です。

    共通しているのは、そこで描かれている未来社会(ユートピア)では、ある種の《共産制》採っている。
    ー    科学技術を高度に発展させたらそれを、《資本制》のもとでの《労働》から解放させることに用いてみたら・・そこから話が展開していきます。そしてそのスタート点に立つまでには、条件をクリアすることが必要であり、クリアすべき条件とは人口や資源エネルギーの問題です。

    最後に、ダン=ブラウンの「インフェルノ」です(↓)。2015年に劇場公開されます。
    http://matome.naver.jp/m/odai/2138614851131568401
    (ネタバレ注意⚠ Naverまとめ、インフェルノに登場するスポットを巡る旅)

    この場合は、平和をもたらすため、あるいは、平和への条件を満たすため、その条件自体を無理矢理作るという、急進的な社会改革論をテーマにしています。

    ミステリー作品でもあり、象徴学のオタクである主人公のラングルトン教授は謎を解くのだが・・という話。

    SFは(所詮)娯楽作品ですが、ユートピアにせよその逆のディストピアにせよ、それを描こうとすると、

    現実社会の成り立ちを押さえた上で問題や課題を摘出すること、同時に科学や学術の限界や可能性を検討すること、それらが伴わないことには描くことはできないので、

    作りとしてかなり真面目にやらざるを得ません。

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