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4 【12068】老人党メルマガ(343)
北極星   運営スタッフ 2010-9-26 8:31:36  [返信] [編集]

     roujintou-news  ::: 老人党メルマガ(343) ::: 2010/9/26
          老人党掲示板 http://6410.saloon.jp/
    =========================================================================
    【12045】政府借金は国民の借金ではない    Gokai
    【12050】Re:政府の借金を返すのは国民です みじゅくもの
    【12056】Re:政府の借金を返すのは国民です   H.KAWAI
    【12047】検察組織、検察捜査の危機...仙谷官房長官  かっくるなかしま
    【12051】何故生ずる「不祥事」    みじゅくもの
    【12060】Re:何故生ずる「不祥事」   H.KAWAI
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    【12045】政府借金は国民の借金ではない   Gokai 2010-9-22 13:48

    政府は何処から借金かと問われれば、その殆どは金融機関や年金ですと答える。
    ではその金融機関や年金は誰のお金かと問われれば、国民のお金と答える。

    ならば直接ではないが、国民に政府がお金を借りているではないかとなる。
    そしてそれを返す原資は税金であるから、国民が国民に働いて返すのだ、それを将来の世代に付けを負わし回してはならないのだとなる。この論理が正論であるかどうかだが、結論を言うと誤りです。

    身近な例で考えてみる。チョット違うかもしれませんが、そこはまあ。
    ある銀行に、Aさんが銀行に10億円預金しているとする。
    そして同じ村のBさんがその銀行から5000万円借りたとしよう。
    で、AさんがBさんに言う。
    「おい、Bさんよお前が借りた5000万円は俺が預けたお金だぞ、俺に感謝しろよ!」

    これはいいがかりですね。なぜなら、Bさんが借りたお金を返そうが、破産して返せなかろうと、Aさんの預金額10億円にはあくまで変動はないのだから。

    銀行は銀行の責任でBさんに5000万円のお金を貸したのであるから、Bさんの責任は、銀行に対してあっても、Aさんにたいして持つ必要は無い。だから、BさんはAさんに感謝する必要も無い。
    ついでに言えば、銀行がAさんに責任を持っていさえすればよいのだし、預けてくれて商売の機会を与えてくれたAさんには銀行が感謝していれば、このシステムは正常に作動するわけです。

    さて政府の借金に戻ると、
    1)政府が借りる←金融機関や年金←民間が貸す。...間接金融
    2)政府が借りる←民間が貸す。...直接金融

    直接金融では、民間から政府が幾ら借りてもお金の総量は増えないし減りもしない。一方、間接金融では金融機関や年金から、お金を借りれば借りるほどに、それと同額、民間の預金総量は増加する。
    これが直接金融と間接金融の違いです。

    そして、日本政府の借金の殆どはこの間接金融であるから、「政府借金は国民が国民に完済しなければならない借金ではなく、それは正しくは国民の預金である。」...となります。
    -----------------
    【12050】Re: 政府の借金を返すのは国民です みじゅくもの 2010-9-23 11:00
     ▼Gokaiさん: ちょっとお邪魔します。

    Gokaiさんの主張は私にはまるで理解できません。
    まさか「ためにするための議論」として無理を承知で仰っているわけではないのでしょうね。

    >政府は何処から借金かと問われれば、その殆どは金融機関や年金ですと答える。
    >ではその金融機関や年金は誰のお金かと問われれば、国民のお金と答える。

    誰から借りているかは問題ではありません。国家財政は税金が収入源で教育・福祉などを始めとして国民の生活を守るための経費が支出項目になります。ここまではよろしいですね。

    借金(国債)は踏み倒してしまうのでない限り「返済」しなければならず、その資金は税金によって賄われるのです。即ち、避けることの出来ない税金の支出項目が上記の「国民生活を守る」事項以外に「国債償還」事項として生まれるのです。

    税金で負担しなければならない支出項目が増えるわけです。税収が同じであれば「国債償還」は教育、福祉などなど、たの必要な支出を圧迫することは理屈以前の問題だと私は考えます。

    >ならば直接ではないが、国民に政府がお金を借りているではないかとなる。
    >そしてそれを返す原資は税金であるから、国民が国民に働いて返すのだ、それを将来の世代に付けを回してはならないのだとなる。この論理が正論であるかどうかだが、結論を言うと誤りです。

    >身近な例で考えてみる。チョット違うかもしれませんが、そこはまあ。
    >ある銀行に、Aさんが銀行に10億円預金しているとする。
    >そして同じ村のBさんがその銀行から5000万円借りたとしよう。
    >
    >で、AさんがBさんに言う。
    >「おい、Bさんよお前が借りた5000万円は俺が預けたお金だぞ、俺に感謝しろよ!」
    >これはいいがかりですね。

    まるで意味を成していません。何を言いたいのでしょうか。

    >なぜなら、Bさんが借りたお金を返そうが、破産して返せなかろうと、Aさんの預金額10億円にはあくまで変動はないのだから。

    Bさんは国家財政の意味とされているようですが、議論に落ちがあるのは「国家財政は納税者(Gokaiさんの例ではAさん)に対して徴税権があると言うことです」
    Bは倒産する前にAさんに対して返済するための資金を「出せ」と強要する立場になるのです。

    困ったことに、AさんはBさんが提供する行政サービスを受けなければならないので、強要に応じるか本来受けられるべき行政サービスを諦めるかの選択を迫られることになります。
    これが「増税を受け入れるか」「教育・福祉などの切捨てを容認するか」の問いになっているのです。 

    >銀行は銀行の責任でBさんに5000万円のお金を貸したのであるから、Bさんの責任は、
    >銀行に対してあっても、Aさんにたいして持つ必要は無い。だから、BさんはAさんに感謝する必要も無い。

    感謝がどうのは「借金返済」に関してまるで意味がありません。

    >ついでに言えば、銀行がAさんに責任を持っていさえすればよいのだし、預けてくれて商売の機会を与えてくれたAさんには銀行が感謝していれば、このシステムは正常に作動するわけです。

    事例としての意味が全くわかりません。さしずめ、ここでの銀行とは「国家としての総資産」のようですが、その国家の総資産は国民が「幸せな生活」をするためのものですから、その総資産が減るようなことになれば、国民の「幸せな生活」は無視されることになります。

    >さて政府の借金に戻ると、
    >1)政府が借りる←金融機関や年金←民間が貸す。...間接金融
    >2)政府が借りる←民間が貸す。......直接金融
    >
    >直接金融では、民間から政府が幾ら借りてもお金の総量は増えないし減りもしない。
    >一方、間接金融では金融機関や年金からお金を借りれば借りるほどに、それと同額、民間の預金総量は増加する。
    >これが直接金融と間接金融の違いです。

    何のために、何を説明しようとしているのですか?
    そもそも、論立てが意味不明ですが、少なくとも、本題に対して全く関係ないことを論じているものです。

    >そして、日本政府の借金の殆どはこの間接金融であるから、「政府借金は国民が国民に完済しなければならない借金ではなく、それは正しくは国民の預金である。」......となります。

    詭弁に近い感じですが、取りあえず「意味不明」としておきます。
    国債は返すのですか、踏み倒すのですか。返す場合、国家財政はその為の資金をどこから調達するのですか。
    頼りとする主なものは税金だけですね。税金は誰が払うのでしょう。

    そして、本来、税金は教育、福祉を始めとする「民生」のために使用されるべきものですから、そのための支出が相対的に減ってしまうことはあまりにも明らかですね。

    1000兆円の借金に怯えることは必ずしも望ましくありませんが、Gokaiさんのような「不当な」議論で国債が増加することの意味を軽視することは絶対に避けなければなりません。
    政府や官僚を始めとする「行財政を執行する体制の無駄」を容認することにつながるからです。
    -----------------
    【12056】Re: 政府の借金を返すのは国民です  H.KAWAI 2010-9-24 8:12
     ▼みじゅくものさん:お久し振りです。

    ○国が行っている事業が問題なのでしょうか、それともその資金の調達方法が問題なのでしょうか?
    ○もし事業が問題であるのなら、その資金の調達方法を問題にするよりも先ずその事業を改めるべきでしょうね。
    ○そして、もし事業に問題が無いのであれば、そこで初めて、その資金の調達方法が妥当なものであるかどうかを検討すればよい訳です。

    ○資金の調達方法としては、先ず税金ですね。しかし、国債を発行するという方法もありますね。
    通常の出費ですと普通は税金で賄うことになるのだと思いますが、大きな事業、例えば大掛かりな電源開発を国が行うといった場合に全額を増税で賄おうとすれば、国民生活を圧迫することは避けられません。

    ○ところが、国債を発行してゆとりのある国民にそれを買ってもらいますと資金の調達が容易になります。
    ○それだけではありません。税金ですと国民はお金を持っていかれますので、その分貧乏になりますが、国債を買った場合はお金が債券に変わっただけですので資産は減らず、貧乏になるということがないのです。

    ○ところで、「国債を発行する」ということを「借金をする」というふうに言うのは良くありません。
    「借金」というのは貧乏人が金に困って知人から金を借りるようなイメージがあっていけません。

    ○仮に私が誰かにお金を貸して「借用書」を書いてもらったとしましょう。
    多分このお金は返って来ず、この「借用書」は只の紙切れになってしまうことでしょう。
    ですからこの「借用書」はどこへ持っていってもお金に換えることができません。

    ○でも国債は違いますね。国債はいつでも換金できますから現金と同じです。
    銀行預金と同じです。いや、銀行より安全です。
    ○もちろん、国債には利払いが生じます。しかし国の事業も企業と同様、何らかの利益を生み出しているのですから、株式に配当が付き、社債に利子がつくのと同じと考えれば、「もったいない」などと言わずに税金で賄えばよい訳です。

    ○元本はどうするのだと仰るでしょうね。先程の「電源開発」でしたら、ダムと発電所はずっと残りますので、100年くらいかけて返済すればよい訳です。
    ○ですから、その事業は有用なものでなければならないのは当然で、飲み食いに使ってしまうようなものであってはならないことは言うまでもないことと思います。
    -----------------
    【12047】検察組織、検察捜査の危機...仙谷官房長官  かっくるなかしま 2010-9-23 13:25 (編集)

    まぁ、諸説あったが(↓)、諸説その1(↓)とか、
    http://6410.saloon.jp/modules/bluesbb/thread.php?thr=1182&sty=2&num=5
    (【12008】Re: 嫌な予感 柳沢のたんたん 2010-9-18 )

    >でも、官僚の犯罪人の検察に小沢叩きをさせた事は歴史に残るでしょう。

    “官僚の犯罪人の検察に小沢叩きをさせた”…

    諸説その2(↓)とか、
    http://6410.saloon.jp/modules/bluesbb/thread.php?thr=1157&sty=2&num=9
    (【12001】Re: 心の底の湖から発する「愛と誠」:小沢一郎は死なない!! 中井豪 2010-9-17)
    >菅直人内閣の打倒こそが大義である。そんな情況が年内にも生まれるであろう。それは、小沢一郎攻撃の再現でもある。

    >来月にも下される検察審査会の結論は侮れない。今の菅直人内閣は何だってする。薄ら笑いの恐怖政治とパフォーマンス、そう菅直人は民主党の小泉純一郎の再登場、デジャブである。国民蔑視と騙しの冷徹さ、薄気味の悪い男である

    “今の菅直人内閣は何だってする。薄ら笑いの恐怖政治とパフォーマンス、そう菅直人は民主党の小泉純一郎の再登場、デジャブである。国民蔑視と騙しの冷徹さ、薄気味の悪い男である”…

    まぁ、諸説あったわけだが(笑 菅内閣での仙石官房長官の発言はこう(↓)なっていて、
    (注記:パラレルワールド、即ち、小沢内閣での山岡官房長官の発言、ではない)
    http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4532615.html
    (TBS、「官房長官、厳正な捜査求める」、2010/9/22)

    >>仙谷官房長官は、「ことは検察の存立基盤に関わる可能性もある部分を含んでいる」として、厳正な捜査を求めました

    厳正な捜査。http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&rel=j7&k=2010092200349
    (時事、「「検察の存立基盤にかかわる」=監督権者の責任に言及−検事証拠改ざんで官房長官」、2010/9/22)
    >>検察トップの検事総長らの進退を含めた責任問題について、仙谷長官は「まだそこまでは考えていない」としながらも、「上司たる監督権者の身の処し方、部内的な処理の仕方は通常の組織とは違った厳正さが必要だ」と強調

    検察組織の存立基盤と監督権者の責任。【現実】に起きていることおよび状況というのは、・・・☆ポイント
    主任検事が逮捕されるという事態に及び、検察はその存立基盤を問われる窮地に立たされ、(証拠隠滅の悪質性を鑑みれば当然であるが)トップである検事総長の引責辞任もありうるというわけだ。

    ps. http://www.shihoujournal.co.jp/ (司法ジャーナル、「検察捜査の危機」、2010/9/22)

    >>>押収資料改ざんで主任検事逮捕、初めての例だ
    >>>記録改ざんはエースとして期待に応えようとたための組織的暴走だと思う。
    >>>この暴走が、検察捜査を根底から揺さぶることになった。大阪地検特捜部が出来て以来の主任検事の犯罪だ。
    >>>最高検も徹底した捜査をやらざるをえまい

    な、くらいな危機であるわけだが、郷原氏による「終わりの始まり」、
    http://gendai.ismedia.jp/articles/-/1228?page=5
    (現代ビジネス、郷原信郎、永田町ディープスロート「...終わりの始まり」、2010/9/22)

    そのp5が面白い。こちら(↓)のくだりだ。

    >>> 事件のストーリーに関して、「着手ストーリー」=「処分ストーリー」=「判決ストーリー」の関係が維持されてきた
    >>>その前提に、検察官調書のほとんどを証拠採用し、調書に基づいて事実を認定して、検察官の主張通りの判決を出す裁判所の現実があった

    司法行政の「仕組み」、(← ストーリーと組織的了承と司法判断の三位一体)
    その前提として、検察官調書の「特信性」があり、 (←ストーリーと司法判断)
    そのまた前提として、「公訴権」がある、というわけだ。(←ストーリーと組織的了承)

    誰と誰とが結託している云々の類の話には、おれは興味がなくて、
    仕組みが如何なる前提(or条件)のもとで機能しているのかに興味がある。(形式と機能) ・・・ ☆ポイント

    現在進行形で、問題視されているのは「特信性」のほうだが、同時に、「公訴権」もまた、裁判員制度によって風穴を開けられようとしているのだが、とても逆説的なのは、検察捜査批判 → 裁判員制度批判、(ざっくり小沢擁護論の文脈で)という流れのもとでは、「公訴権」が擁護される(されかねない)というところだ。

    (ここは、小沢擁護、小沢批判に関わらず、考えて欲しいと思うところだ) ・・・ ☆ポイント
    半ば絶対視されてきた「特信性」、「公訴権」が弱まる(or相対化される)と、一体何が起こるのか、あるいは何処へ導かれてゆくかと言えば、「公判専従論」、であろう。
    (なぜならば、∵ その他の刑事事件の捜査や訴追との差がなくなるわけだから。)

    http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2635461
    (出所:検察捜査、中嶋、1994、講談社)

    >>>米国では、検察官は、「政府のための法律家」であり「探偵」ではないという考えが強い。
    >>>連邦検事も地方検事も、一般の事件捜査にはほとんど首を突っ込まず、公判活動に全力を注ぐ。
    >>>理想に燃える公判専従論者は、その制度をわが国にも導入することを要求した...

    官僚主導vs政治主導、と対照させて、一方がどうのと言っても、あまり意味ない、というのがおれの考え方。
    行政縦割りの弊害というのがある。
    (他で取り上げた保険が最たるものだ...年金・医療・雇用の分断と不作為、責任所在の曖昧性)

    他方で、法曹界の場合は、構図が「逆」になっていて、上述の「ストーリーと組織的了承と司法判断の三位一体」というのは、行政縦割りじゃなく、「行政横串」だ。いわば行政横串による弊害。組織を守るというとき、分かれて守るというあり方もあれば、一体になって守るというあり方もある、ということ。・・・ ☆ポイント

    大きな政府vs小さな政府というのも、おれにとっちゃどうでもいいことで、よりよく機能する政府かどうかが重要。検察行政や検察組織も、よりよく機能するためには、どうあるべきだろう、ということが、問われているのだと思う。
    -----------------
    【12051】何故生ずる「不祥事」  みじゅくもの 2010-9-23 12:34

    証拠となるべきデーターの改ざん問題が生じ「検察の威信」が論じられている。
    最高検察の行動が極めて速やかであったとの「評価」まで現れている。
    事態をそのように捉えるべきなのだろうか?

    ことは、本来、常軌を逸するもので、到底信じられないことのはずである。
    いや、信じられないことでなければならない。ところが、今回の件、一部で報道されるや燎原の火よろしくあっという間に広まり事実として認定されてしまった。

    最高検も直ちに行動を開始した。決して、皮肉っているわけではないが、検察組織の中に「あっても不思議ではない」との認識があればこその「迅速な対応」であると感じるのは私一人だろうか。
    第一報があったとき、しかるべき立場の人たちが「そんなことはあるはずがない!」とのコメントを出しまくってもおかしくない性質の話だと思う。

    しかし、不幸にして「あっても不思議ではない」ものであったら、どうする。
    検察内部で処理できる性質のものでは、断じて、ない。
    半年後がみものだが個人の処分以外に何も見えなかったりしたらどうする。
    検察組織は行政機関に属するはずである。

    菅内閣が検察組織に対して断固たる措置が取れないとしたら、同じ穴の狢との謗りを免れることはないだろう。
    上記以外をも含む混乱する現状に対して、個人の問題、組織制度の問題などなど、論じられることは多いが、根本を見落としていると考える。

    問題の本質はどこにあるか。私は「不当」に対して「甘すぎる結果」であることが最大の問題である考える。
    「やったもの」勝ちなのだ。永らく、我が国は「恥」を根底として、人は善意を基本とするもので、たまたまのことは「止むを得ない事情」があったと容認する傾向が強かった。

    しかし「恥」の感覚が崩壊してしまった現在、組織制度に頼らざるを得ない現状にあっては「不当」に対する対応も変えざるを得ない。今日、何故に「官僚組織」があしざまに言われるのか、言わざるを得ないのか。
    国民の一人として悲しい限りだ。

    原因は一つ「甘やかし」である。人は「許される」と思えば何事も「ついつい」である。
    このことは議論を必要としないことで、そうでなければ、宗教や倫理観などの言葉は消滅してしまう。
    どんな組織・制度を作ろうと所詮人間のすることであり、完全はない。

    それを補うには関係者が事に当たって「善人である」ことを期待する以外に道はない。
    しかし、不幸にして、人間は常に「善人」ではあり続けられない。
    ではどうする。

    組織的に抑制機能が発揮されること、不幸にして、道を踏み外してしまった時は「残念」ではあるが「厳罰」をもって臨む以外に方法はない。罪を罰するということは本人に対するものでもあるが、他に対する「抑制力・抑止力」が期待されているものでもある。

    また、組織の上に立つものの立場意識や責任感も十分に考慮されなければならない。何事もトカゲ・・・ではならない。また、言い古されていることだが「組織は腐敗する」し「淀んだ水溜りも腐敗する」。適切なタイミングと適切な外的手法や手続きによって攪拌されることがなければ、これを防止することは出来ない。

    その点、一応は民主的選挙制度を有するわが国にあっては、全ての最終責任は「主権者」たる国民にあることになる。今日、寛容とは美徳でもなければ望ましいものでもない。特に、個人が組織に生かされており、そのようにならざるを得ない現実を直視する必要があり、組織に対してはことのほか厳格に対処することが不可欠と考える。

    何事も「フォロー」が大切。ユメユメ疑うことなかれ・・・
    -----------------
    【12060】Re: 何故生ずる「不祥事」 H.KAWAI 2010-9-24 15:59
     ▼みじゅくものさん:こんにちは。

    ○「特捜検事がデータを改竄」は「信じられないようなこと」かも知れませんが、でも、考えてみますと私達は「信じられないようなこと」をしょっちゅう聞かされているという気がしませんか?
    ○そもそも、事件の発端となった実態のない「障害者団体」に郵便料金割引のためにうその証明書が発行されていたということ自体「信じられないようなこと」です。

    ○更にそのうその証明書を発行した係長が独断でそれをやったと言っているというのもこれまた「信じられないようなこと」です。
    ○ところで、その「データ改竄」の検事さん、それを周囲に話していてそのままになっていたっていうのも「信じられないようなこと」、そして今更大騒ぎってのも「信じられないようなこと」じゃありませんか。
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