打てば響く
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12月19日

 明日から、パリに行きます。
 パリから、このサイトの更新ができれば、やってみたいと思いますが、ぼくにそんなことができるかどうか。とりあえず、ノートパソコンを持って行きます。
 このところ、幸いに大病はしませんが、足が痛い、手が痛い、腰が痛い、といった具合で、押し寄せる小病と、格闘しています。11月は踵が突然痛くなり、歩けない状態に。せっかく歩いて痩せた6キロの貯金を食いつぶす結果となり、それがひびいて、主治医から、糖尿の数値が悪くなった、と警告されることに。フランスには足専門の医者もいるので、診てもらおうかと思っています。これも経験。
 ただ踵痛は、比較的若い人、運動のしすぎの人に出るということで、すぐ年のせいにされないだけましということです。

 さて、日本の政治状況は、ねじれ国会と称するマスコミによって、異常な状態のように思わせられていますが、二院制をとる場合、ねじれは、必然的に通過せねばならない、正常な状態です。これで急激に、政権交代が、天地がひっくり返るような形で行われないわけで、これまでのように、与党が横暴に法案を通せなくとも、慌てる必要はどこにもありません。
 それより世界情勢に目を向けましょう。「イスラエル・ロビー」という本を読みましたが、この本はアメリカではイスラエル・ロビーによって出版が難しかったものが、英国の出版社の協力で日の目を見たものです。よくも書いた、と感心したら、あなたが、イスラエル・ロビーのアメリカにおける影響力を無意識に認めてきたことです。
 この本の出版で、アメリカの政治にも影響が現れるのではないかと思います。なにしろ、非常に具体的にイスラエル・ロビーの活動の仕方が、例をひいて具体的に書かれているので、もう知らないふりはできなくなった。なにしろ、イスラエル・ロビーの機関の集りで、民主党の候補が、一人残らず、すでにイスラエルを支持すると約束しているのですから。そもそもそこから、この本ははじまるのです。
 日本の政治にも、ロビー活動があるのでしょう。それをレポートする政治学者が、日本にも出てくることがのぞまれます。そもそもアメリカ大使館が、日本でやっていることは、ロビー活動ではないでしょうか。選挙の後、小沢代表に会って、対米政策で妥協させようとしたり、その後、突然、党首会談が開かれて、保保連合の話が浮上したり、ただ、ロビー活動はアメリカでは隠密性のある活動ではなくて、おおぴらな活動だから、この本のようにすべてを発表された文書を拾い集めるだけで、ハッキリさせることができるのです。ただ、その労苦は並大抵のものではない。その点で著者たちは、賞賛に値するとぼくは思います。皆さんも一読することを薦めます。
 ちくまの次号では、これについて書きます。



11月21日

 すでにお分かりだろうと思いますが、老人党のサイトが新しいものに移行しました。
 旧サイトは、最初のサイトの提供者から、継続を断られ、インターネットのことは全くの素人のぼくが困り果てていたとき、ハンドルネームしんわんさんが、提供してくれて、老人党活動を窮境から救ってくれて以来のものです。機能的に新しい状況に対応できなくなってきたために、新サイトと交代することになりました。しんわんさんにあらためて感謝の意を表したいと思います。
 新サイトは、ハンドルネーム ビートルさんが主になって、スタッフの皆さんと合議して作って下さったもので、なんどもリハーサルを繰り返し、改良してきたもので、印象も、使い勝手もその結果が現れているのではないかと思います。ビートルさん、スタッフの方々、ほんとうにご苦労さんでした。
 このサイトは、いわばインターネット上の公園ないしは公共の広場のようなものです。公園、公共の広場には、おのずとそれにふさわしい使用者のマナーがあるもの。それに従ってください。といっても、ぼくの理想とするところは、スクランブル交差点の人々のマナーです。ルールは信号だけ。でも、だれの命令も受けずに、自主的に、混乱なく、横断していきます。
 管理者をあまりわずらわすことなく、この広場を使って、自由に意見を交換してください。

 次の話題に進む前に。
 前回のコラムのパキスタン情勢に関する部分に、ちょっと不正確なところがあることを、掲示板で指摘されたので、少し手を入れました。読み直してください。

 さて、
 今日から、外交官を除く前入国者から指紋を取り、顔写真を撮ることになりました。タダでさえ諸外国と比べると、倍も時間がかかると不評だった日本の入管窓口ですが、さらに時間がかかることになり、旅行者の不満はピークに達しています。12時間も飛行機に乗って、ようやく着いた人が、一時間も一時間半も立って待たされる。考えてもみてください。BBCでも、「テロ対策というけど、日本でこれまで起ったテロは外国人によるものでない。オウム、赤軍派、みな日本人ではないか。どうして日本人に対してテロ対策をとらないのか、これは外国人差別ではないか、というコメントと、オウムの地下鉄サリン事件のシーンをビデオで流していました。外国からの旅行者が減って、日本の旅館の人たちから、悲鳴があがるのが目に見えます。苦情は鳩山(弟)法相のところまで。
 来年は、サミット。世界からたくさんのジャーナリストが日本に来ますが、この指紋と写真の制度をどう報じるか。このような制度を取り入れたのは、アメリカ以外では日本がはじめて。このシステムの導入で談合や汚職がなかったことを祈ります。この機械システムはどこの会社製なのでしょう。接待ゴルフはなかったのかな。長い行列の末に、機械の上に現れるウエルカムの文字、なんとも皮肉ですね。


11月6日

 ちくまから出した、老人党宣言の本が、絶版になるそうです。もう歴史的な存在になってしまったのかもしれません。まだ読んでいない人は、ここで読んでみてください。書かれていることと、現在と比較してみることは、自分の口からいうのもなんですが、希望を与えるのではないかと思います。

 安倍首相の突然の辞任からまだ2ヶ月もたっていないのにこのドタバタ騒ぎはなんでしょう。老人党宣言が出る前に、予測できた人はどれだけいるでしょうか。参院の与野党逆転の結果がこのような形になっていることは、当時の日本で老人党以外に考えられたでしょうか。

 話は跳びます。
 今回の小沢、福田会談とそれに続くお芝居には、おそらく、なにか裏があるのでしょう。数年たつと、あの時、実はこうだったという、裏面史が書かれるのでしょう。ただ、だれかの画策通りには、ことが運んでいないようです。画策しようにも、注目が集まってしまっていて、大胆な動きが取れないのでしょう。
 ハラハラしたって血圧が上がるばかりです。老人党は、ここは高みの見物といきましょう。

 遠いパキスタンで起きていることは、国際社会と呼ばれるところで、何かが画策されることがよく分かります。ムシャラフ軍人大統領の力が衰え、核を持つイスラム国家の権力が、イスラム過激派の手に、選挙の結果、民主主義的に移譲される可能性が何年か先に見えてきた。そこで海外亡命中のブット元首相とムシャラフ大統領の連合が画策されたとぼくは考えます。無理な連合です。ムシャラフ大統領の属する国軍はクーデタを起こし、ブット元首相の父を死刑にした(形式的には裁判で死刑の判決が出たのだが、当時の将軍独裁者ジア・ウル・ハク指示だったといわれる)、いわば彼女の親の仇の軍の代表です。彼女も亡命せざるを得なかった。互いに、簡単に打ち解けて連合できる相手ではないのです。もちろん進んで二人が協力し合うはずがない。裏で何かが画策されたのでしょう。帰国した途端、ブットの暗殺が企てられ、現在はムシャラフによって戒厳令が布告されています。軍政に逆戻り。反対派はみな拘束。ミャンマーを非難した国際社会なるものは、ムシャラフを非難していますが、ミャンマーへと同じような圧力をかけようとはしません。またまた二重基準です。
 こういう情勢を見ていると、日本にも国際社会なるものから、何らかの画策がなされていると考えたくなります。

 日本が国際貢献を求められているという言い回しを日本の政治家はするが、ずばり言えば、米国の一超大国体制への貢献のことです。世界で国際貢献を求められていないのは、米国だけです。小沢も、国連に協力して自衛隊を海外に送るというなら、なぜアフガニスタンで、アフリカのダルフールではないのでしょう。
 中東の不安定状態は、イスラエルの建国から始まった。
 友人のユダヤ系イギリス人の医者が、大阪での学会の帰りにぼくの家に寄って泊まっていきましたが、かれはイスラエルのパレスチナの67年の六日戦争の占領地から、軍隊を引き上げ、パレスチナ国家を認めることが、唯一の中東平和の解決策だといっていました。かれはエジプト生まれのラビの家系のユダヤ人です。アラブ系の人たちに友人も多い。
 ぼくの叔母は、「67年の六日戦争は、勝ったのではなく最大の敗北だ」といっているよ。かれはそういいました。現在のイスラエルの政策に批判的な平和を願うユダヤ人も多いことを知りました。実は、イスラエルのことに触れて、40年来の友情を損ねてはと、かれの滞在中はイスラエルという言葉はださないようにしようと気を使っていたのですが、かれに先回りしていわれてしまい、ほっとしました。



9月16日 後期高齢者医療制度

 75歳以上の老人は、今入っている国保から締め出され、この新しい保険に無理やり入らされる。保険料の払えないものから、保険証を取り上げるなど容赦ない取立てをするなど、老人をいじめる法律です。
 知ったら、老人が怒らないはずはない。怒らないのは、情報が届かず、知らないからです。もう少し、この問題がとりあげられるよう、力を合わせましょう。
 ご意見拝聴の投書で、ぼくも気がついた次第、自分のうかつさを恥じているところです。あらゆるところで取り上げてもらうように、努力しましょう。
 98歳のぼくの母親が、大腿骨骨折して、手術を受け、一ヶ月で退院を迫られ(医者は手術は成功だといっていたが、一ヶ月で歩けるようになるはずがない)、自分で点滴の針を引っこ抜いて死んでいったのが十年前。日本の医療は、それ以後も、どんどん老人に無慈悲になって来ました。そしてそれが極まったのが、この新制度です。
 あらゆるところで、政治家に、この制度を本当に実施するつもりか、せまりましょう。



9月13日 安倍首相の辞任

 昨日テスト中の掲示板に、安倍首相は本当に馬鹿なのではないか、と書いたところでした。「馬鹿」という言葉は、NHKが放送禁止用語にしようとし、それがたまたま「馬鹿の壁」のベストセラーで立ち消えになったという、いわくつきの言葉なので、日頃は控えているのですが、所信表明演説を聞いて、思わず書き込んでしまったのです。「全身全霊」なんて、高校野球の宣誓式で、聞くような言葉が、国会の場で、首相の口から出たものですから、思わず書いてしまったというところです。
 そして昨日の晩、アメリカ軍の馬鹿が(また出てしまった)、「テロ特措法」では、アフガニスタンの対テロ活動に従事する艦船にしか給油できないことになっているのに、ホームページに、自衛艦がイラク作戦に参加している米軍艦船に給油していることに感謝していると書いてしまった。
 日本政府からの通報で、慌てて消したが、もう日本の野党にこの情報は流れてしまっていた、というニュース。
 アメリカ軍も自らの失敗に気付いて、駐日大使に訂正させたが、そもそもアメリカの軍人たちは、日本の法律を読んでいなかったのではないか。間違いなどというものではなくて、「対テロ特措法」では、イラク作戦に従事する艦船には給油は許されないなんてことを、初めから知らなかったのではないか。
 民主党がこの問題を、国会の質問で取り上げることになり、安倍の頭では、切り抜けるための知恵が浮かばなかった、というのがぼくの推測です。
 そして今日の辞任の意思表明です。ここでも、安倍首相は日本語を文法的に喋れなかった。やっぱり馬鹿なんだ、と再確認しました。出したくないのに、馬鹿という言葉がぼくの口から思わず出ます。重大な声明なのだから、言葉を練り、文章を作り、練習して記者会見に臨めばいいのに。
 「わたしは辞職するべきであると、決意をいたしました」と、かれはいったが、これは日本語ではありません。「わたしは、本日、辞職する決意をいたしました」で十分。あるいは「辞職するべきであると、考えるにいたりました」でもいい。文法的に日本語を話すことができない人間が、それも首相の地位に、比較的短い期間であったが、とどまっていた。これはもうオドロキです。
 自民党の議員たちも、ようやく気付いて、礼儀上口には出さないが、こころでは思っているのではないかと思います。小泉前首相は苦労して自民党をぶっ壊そうとしたが(実際はぶっ壊すどころか自民党を選挙に勝たせてしまった)、安倍は苦労せず、ぶっ壊すつもりもなかったが、これで完全にぶっ壊してしまった。自民党員は途方にくれているのではないでしょうか。
 もう一つ見方があります。外国の放送は、隠れたスキャンダルの存在を匂わせていました。これまでは閣僚のスキャンダルで、人気が下がってきていたが、今回は、本人自身に関するスキャンダルではないか。それが露見しそうになったので、先手を打って辞職したのではないか、というものです。
 外から見ると、見えてくるのかな、と思いますが、この見方が、もっとも真実に近かった、ということになる可能性があります。
  ともかく政治は動き出しました。これから政権交代が行われ、それがニ・三回繰り返されて、日本もようやく民主的な国の仲間に入れるでしょうか。




9月3日 参議院与野党逆転の効果

 更新までに時間がかかりましたが、この暑さに伸びて、軽井沢に逃避し、そこでノートパソコンを使おうとしましたが、機械の不調でできなかったためです。メモリー増設で一応解決しましたが、そのあと、ランのケーブルのつなぎ間違いという初歩ミスで、インターネットと接続できない状態が続きました。バカバカバカと自分の頭を叩き、ぼけるにはまだ早い、と自分を戒めましたが、少々がっくり来ています。
 久しぶりにこの欄を更新して、元気を出そうと目論んでいます。また、この欄の更新は遅れがちですが、ブログ(よい質問は下手な答弁にまさる)の方では、より頻繁に書き込んでいますので、そちらも読んでください。

 新農林水産大臣が辞任しました。発覚から、これほど早い辞任は、これもまた、参院選挙での自民大敗の結果の現れでしょう。
  これまでどおり、あいまいな答弁ではぐらかすようにはいかないということは、これまで、いかに勝手なことが行われてきたことか、を如実に示してくれます。選挙などしたって無駄だ、日本はちっともよくならない、と諦めかけてきた人たちも、少しは考え直してくれるのではないかと思います。
 イラク特措法の延長問題でも、かつての、数を頼りにした強引な決議のようなことはできないでしょう。世論の支持する議案が野党側から出された場合も、これまでのような扱いはできないでしょう。
 同時に、政治と金との問題は、自民と似た体質を持った民主にも、警告となるでしょう。政治家全体が、この問題では、これまでより、はるかに敏感となるにちがいがありません。
 ここで一息入れてはいけません。次の衆議院の選挙について考えていくことが大切です。社民党も、直前まで候補者が決まらないというようなことがないよう、候補者選びを公開で行うことです。できたら、選挙区の人たちに、(予備選挙まではいかなくとも)候補者選びに参加してもらうことが、盛り上がらせることになります。ちょうど選挙に、候補者選びの盛り上がりとぴったり合えば、それにまさることはありません。
 軽井沢にいたとき、社民党の福嶋瑞穂さんから電話がかかってきました。前参院選挙の候補者選びのいきさつについて、ぼくが前回にこの欄で書いたことは、正確ではないという苦情でした。
 ぼくが書いたことは、斉藤貴男さんから聞いたことであり、福嶋さんに確かめてはいませんから、一方的だったかもしれません。しかし、福嶋さん、ぼくが、この欄で意見を述べても、そんなに気にすることはありません。ぼくには、それほどの影響力があるわけではありません。それでも、ぼくのいったように、状況が動いてきたということは、ただ単に、同じように考える「フツーの人」が、世の中に増えてきたということです。ま、ぼくのこの欄に載せる意見は、世の中のこれからの動きを感じ取るために、少し参考になるというくらいの意味はあるでしょう。それくらいの受け止め方でよいのではないでしょうか。

 話はとびます。
 「プリンセス・マサコ」という豪州人ジャーナリストの書いた本の日本語訳が、第三書館というところから出ています。朝日新聞はこの本の広告を断ったそうです。第三書館の人がいっていました。他の大新聞も広告してくれないようです。日本は談合がなくても、奇妙に足並みがそろうのですね。大新聞が広告しないので、ぼくが口コミで宣伝します。とても面白い本です。日本の、宮内庁御用達のジャーナリストたち(皇族記事で食べている人たち)は、自分たちの存在価値を脅かす本の出現に、ちょっとパニックになっているようです。どうしてこんなことが日本人に知らされてこなかったのか。深刻に考えてしまいました。決して皇室を侮辱するような、志の卑しい本ではなく、批判的な部分があっても、愛情のこもった視線からの批判です。厳しいのは宮内庁に対してです。



7月31日 お題目と政治

 選挙は、マスコミの予測通りの結果でした。これはぼくたちの主張してきたことでもあり、その点で一歩前進だととらえています。問題はこれから先のことです。
 自民党は大敗しました。選挙民は自民党の政治を明らかに拒否したのです。しかし、同時に新聞で発表された結果を見るかぎり、共産党も社民党も、議席を減らしました。この両党のいうこと、やってきたことを選挙民が拒否したのではありません。でも、自分たちの思いを少しも聞いてくれない、という気持ちの人たちが離れたいったのです。共産党や社民党に投票した人だけが、護憲を願っていると思ったら間違いです。護憲派の心情を持った人たちは、その三倍も四倍もいるのです。両党はそこを見なければいけません。
 選挙で、これまで両党に投票してきた人たち(ぼくもその中の一人ですが)は、「護憲」を訴えられたから、その気になって投票したのか。そんなことはありません。いわれなくても投票してきたのです。ま、労働組合のような、いわば組織票もあるでしょうが、それよりも、護憲のためには、ここに入れるしかないか、と初めから思っている有権者で、なにも志位さんや福嶋さんの演説を聞いて、感激して票を投じたのではありません。ぼくなどは、福嶋さんが生まれる前から護憲派だったのです。ですから、「護憲の大切さは、わたしがいうこともないですね。皆さんの方が平和憲法の大切さは分かっておられる」で済ませ、年金のあり方、格差を作る経済のあり方、について、自公の矛盾をつく議論をして欲しかった。でなければ、護憲派以外の人を取り込むことができません。
 社民党に関しては、選挙前、評論家の斉藤貴男さんが立候補の交渉を受けているという話を聞きました。この話の上手な、現代社会の問題点を、分かりやすく説明できる、そして迫力ある話のできる論客が、候補者になれば、どれだけ社民党のプラスになるか、と喜びました。しかし、その話は最後のところで、実らなかったらしい。それは斉藤さんが、川田龍平さんを東京地区の社民党候補に推すか、推薦候補にするという条件をつけたのに対して、東京で独自候補を立てるという党の面子にこだわって、社民党が断ったからだ、と聞きました。東京の選挙結果はご存知のとおりです。こういうことをしていては、護憲派は愛想をつかして離れていきます。
 去年の鎌倉の市長選では、井上ひさしなど「鎌倉9条の会(ぼくも加わっています)」の面々が、ネットの候補と共産党候補と、調整しようと努力をしました。二人立っては、勝負にならない。だが、統一候補を立てられれば、かなり接戦になり、勝機も見えてこよう、という考えでした。護憲派を結集しようとしたのです。市長が任命する教育委員の中に、改憲派の極端な人がいて、この市長の再選を阻止しようと考えた市民たちから、要請されての調停でした。だが、共産党は、統一候補にするなら、共産党候補に一本化すべきだというばかりです。その候補では当選が無理だから、というぼくたちの判断でしたが、まったく譲ろうとはしませんでした。ネットの候補者は、善戦しましたが、破れました。もちろん共産党の候補は、まったく問題にならない得票でした。
 ぼくたちには、こうしたやり方は、自己中心的な、党が民衆を指導するといいたげな尊大な態度にうつります。もう少し、一般の有権者の意見要望に耳を傾ける柔軟な態度が取れるようにならなければだめです。
 そうした反省をもとに、日常活動を続けていかなければ、護憲の行く末を両党に任せておけなくなります。その点を、今から反省してほしい。
 これが自民党大敗という状況を踏まえてのぼくの感想です。



7月26日  政治を臨床家として見てきた?

 今日の朝日新聞には自民が40議席を割る可能性もあると書かれていました。その横に赤木農水大臣のニ団体が同じ領収書コピーをつけ、二重に計上しているという記事。こんな記事が今になって出るようでは、油断は禁物ですが、参院での与野党逆転は間違いないでしょう。
 民主党が勝ったら、すぐに世の中が変わるか。そう信じるほどぼくは能天気ではありません。でも、それが、変革の始まりの始まりであるぐらいには思っています。自民の敗北を予見したように株が暴落しました。金曜日の暴落。日曜の選挙結果を織り込んだのでしょう。専門家はアメリカの住宅金融の焦げ付きを嫌気したように行っていますが、ぼくはそう見ています。
 民主党の中には、自民党とほとんど変わらない二世三世のぼんぼん議員がいます。この人たちに、格差社会の是正できるか、正直のところ、疑問に思っています。にもかかわらず、政権交代を重視するのは、今日が終わらなければ、明日は来ないからです。そこを通り過ぎない限り、その向こうにはいけません。今日を生きなければ、明日は来ない。だから、一時に二年も三年も断酒することを考えなくていい。今日一日を断酒すればいい。そういってアルコール依存の人たちを励ましてきましたが、それと似通っているなあと思います。

 先を見据えることが、今日を生きることを忘れさせるものであってはいけないのです。ぼくが、人格などには目をつむれというので、得体の知れない人と平気で手を結ぶのは、節操がないと不満に思った人もいるかもしれません。そういう声がよく聞かれました。でも、その声には一切答えませんでした。でも、馬耳東風に聞き流していたのではありません。聞こえていましたが、得体の知れない人と手を組む危険なしに、展望は開けないと考えていたからです。
 碁でも将棋でも、一先、ニ手先を読もうとします。政治だったら、もっと先を読まねばなりません。

 ぼくはきっと政治を臨床家として見てきたのでしょう。
 日曜日の夜が待ち遠しい。



7月18日

 新潟の地震地域におられる方々にお見舞いを申し上げます。ぼくの両親は新潟出身で、今回の被災地域にも親類がいて、心配しているところです。これに関して、考えることは多々ありますが、次の機会に回します。というのは国政選挙(参議院の選挙)があるからです。老人党の存在意義は選挙で世の中を変えるところにあるのですから。

 さて、いよいよ参議院の選挙です。
 これまでいい続けて来たこと。与野党逆転をひたすら目指す。マニフェストにも、人物にも、目もくれない。ただひたすら政権交代に向けて、与野党の逆転をねらう。
 ぼくは、よく、一滴一滴がコップに入り、最後の一滴で、コップから水が溢れることを、たとえに話してきました。そのコップを溢れさせる一滴になることが、老人党の狙いだったのです。その機会が、今回は来たようです。
 小沢も、今回は、これで勝てなければ、自分はやめるといっています。われわれも、その気になって頑張りましょう。
 これが最後のつもりで気合を入れましょう。

 最近は、思いもかけない人からメールをもらったりすることがあり、また電話ももらいます。その時は、丁寧に説得します。ついこの間も、古い友人、軍隊の学校で同期生だった友人から、なんと50数年ぶりに電話をもらいました。老人党について質問してきたので、丁寧に説明しました。かれは、
「そういったって、日本人は総論で賛成しても、各論では反対でばらばらだからなあ」
と答えました。
「総論賛成で各論反対は日本人だけじゃない。世界どこでもそうだよ。日本と順序が逆なのだ。各論反対の人たちが、総論では一つにまとまれるのだ。いつかは別れるものと知りながら、総論で賛成し、合体する。だから政権の交代が起きるのだよ。
 ところが、日本人は各論で反対だから、結局同じことだからと諦めて、総論に賛成しない。そこが問題なのだよ」
 そう答えました。かれは納得してくれました。今回はぼくの勧めに従うと。ちなみに、かれは棄権することが多かったようです。かれのような人が、投票してくれれば、投票率は確実に上がるでしょう。

 老人党という仮想の政党の掲示板でも、各論反対の人たちがたくさんいました。困ったことは、反対の意見に、とかくカッカして、口汚く罵る人もいることでした。各論反対は、大いに結構というより、それで当然と、ぼくは受け止めますが、ひとはそれぞれ。やはり不愉快な、人を傷つけるような発言は互いに慎むのがよいでしょう。
 一時期、老人党の掲示板が、志に反し、非常にあれた状態になったことがありました。その見苦しい状態から、なんとか救い出してくれたのが、ボランティアの管理者の人たちです。おかげで、荒れに荒れた、掲示板は大分整理され、きれいになってきました。しかし、管理者に対して不満を抱く人も出てきました。
 さて、こうした各論反対のたくさんの人たちを、政権交代に向けてともかくにも、一つにまとめることができたら、というのがぼくの願いでありました。
 そして、意見の合わない人たちは、いっそのこと、新しい老人党サイトを自分たちで作るばかりでなく、地方の老人が、地方の問題を取り上げたサイトを作り、それがリンクし合うというのが理想の形であるというのが、ぼくの仮想政党の理想のイメージでした。
 最近立ち上げられた「世直し老人党」というサイトは、ぼくのこうした発展のイメージに合致するものです。リンクをはりますから、のぞいてみてください。
 意見が違っても、罵りあいにはしない。少なくとも、年の功です。老人にそれができないようでは、年をとってきた甲斐がない。「自分のして欲しくないことは、自分も他人にはしない」宗教がなくても、これくらいの原則が守れないようでは、ホモサピエンスの名前が泣きます。そうぼくは考えます。
 ぼくはまず信用することから始めます。新しいサイトが、総論として、ぼくの希望に添ったものであることを信じます。



6月29日

 フランスから無事に戻りました。(フランス在住の4女に赤ん坊が生まれたのです)。この大切な時期に、この欄を更新できなくてすみませんでした。

 さて、打てば響く、の言葉のとおり、前回、この欄で、ステッカーの話をしたとたん、助っ人が現れ、フランスから帰ってきて間もなく、「老人党」と「イラク戦争反対」のステッカーが届けられました。響いたのは提案者のぼくではなくて、党員の方でした。提案者のぼくは、打ってもさっぱり響かない、という皮肉なコメントが聞こえてきそうです。
 磁気でつくようになっており、簡単に剥がせますが、駐車場に停めてあるのを見ても、剥がして持って行ってはいけません。日本人を信用します。早速、車に貼りつけ、デジカメで写真を撮りました。それを紹介します。画像を挿入することは今回が初めてです。うまくいくか。エイヤ!






 7月の末には参議院選挙です。
 なにが争点か。年金だ、格差だ、とジャーナリストが騒いで、今回も、問題が拡散されて行きそうですが、それは結果のみの議論です。今のような放任といってもいい自由経済で(ミートホープという会社が20年間もやってきた事件は象徴的です)、日本をぶっ壊していいのか、というところが、議論の根本にあるべきです。
「金を儲けて悪いんですか」、という村上ファンドの社長に
「人を苦しめて金を儲けるのはいけない」
「嘘をいって金を儲けるのはいけない」
 とはっきりいえる政治が必要なのです。官僚に取締りを任せているのではなく、一人一人が、そういう信念をもって自立して、経済活動をする、そういう自由経済でなければならない。いわば人間の顔をした自由経済か、気ままに自由な経済か、が争いのテーマです。結果として、格差の少ない社会が生まれるのです。ただ、今の野党がそのような考えを持っているかどうか、知るところではありません。野党を支持するから、われわれが選ぶのではありません。ともかく政権交代させ、ジグザグに日本を進ませながら、その方向に引っ張っていこう、そういう風になろう、と考えるのです。
 今日ステッカーを貼って買物に行きましたら、誘導員の人が、すぐ目にとめて、わ、つけましたね、といってくれました。賛同して、ステッカーをつけてくれる人があることを期待します。枯葉マークはダサい。老人党マークはもっとダサい。わかっています。しかし、ダサいのもきわまれば、その方がましです。ダサくとも、心意気はなかなかスマートではないですか。



6月5日

 個人的なことですが、4日にフランスに行く予定していたところ(ぼくがもう飛行機の中であろうと思っている人もあるかもしれませんが)、家内が直前に体調の不安を訴えたため、空港へ行かず、病院に直行しました。
 精密検査を受けさせました。結果、幸いにも重大な病気は見つからず、旅行を数日、日延べして行うことにしました。帰りは予定より数日遅れることになります。

 最近、運転免許の更新のため、老齢者講習を受けさせられました。つまらない話のために、6000なんぼというお金を払わせられました。これは警察から教習所に丸投げされます。そこで、75歳以上は枯葉マークをつけるようにと勧められましたが、そこで考えました。枯葉マークをつけるくらいなら老人党マークをつけよう。そして後部には「イラク戦争反対」のステッカーを貼ろう。そこで、こういうことは得意であろうと思われる友人に相談しました。それほど難しいことではないそうです。ですが、ぼくには難しそうなので、ぼくはその友人に頼もうと思っています。
 みなさんも車をお持ちの人は、枯葉マークの代わりに、ステッカーをつけて走りませんか。
 ちょっぴり存在感を出せるのではないかと思います。参議院の選挙を控え、老人は無言の存在感を示しておく必要があると思うのですが。
 マークはシンプルに漢字でゴチック書体で「老人党」ステッカーはライトに浮かび上がるように、反射する文字にしたいと思うけど、むりでしょうか。相談してみるつもりです。ステッカーを貼った車に出会ったら、手を挙げて挨拶ぐらいはしましょう。

 ブッシュのホワイトハウスという本の中に、国防省の外部の顧問が、イラクの現状をイラクの人口とアメリカのそれとを比例させて考えると、「毎週9・11が起っているような状況」だといいます。ラムスフェルドは、それに対して、「愚にもつかぬ考えだ」と答えます。
 ブレアーは、いまだに、サダムフセインを倒したのは正しかった、と主張し続けていますが、銃を突きつけて、ぼくは君たちの友人だ、といって友人を作れるものだろうかと、かれに疑問を呈したい。

 さて、この旅行の間に、秋から始める予定にしている「これだけいったら死んでもいい」という題での文学の講座の準備をすることにしています。
 でも、最初はいい題だと思っていましたが、まだいい終わらないから、まだ死ねない、とがんばれるか、うっかりすると、もうこれだけいったから死んでもいいや、という気持ちになってしまわないか、そうなったらやばい、とこの題名についてちょっぴり迷っています。でもこういう題をつけると、たくさんいいたいことが出てきます。



5月18日

 個人的なことですが、先月末にひいた風邪が抜け切れません。年とともに、感冒にかかってから治るまでの時間が延びてきました。老人医学的には自然なことですが、自らの老いを認めるのは難しい。どうしても早く治ろうと薬を頼りにしすぎます。薬の副作用でぼんやりする日々が多くなりがちです。これが小生の今回の反省です。同年あるいはそれ以上の方は、参考にしてください。

 さて、内外の選挙が終わりました。日本の地方選挙の結果、石原都知事は再選され、フランスの大統領選挙も終わり、応援していたセゴレン・ロワイヤル氏は落選しました。
 女性大統領への壁は厚かった。
 一方で、ブレアー英国首相は引退に追い込まれました。国内政治の面では、数字的に業績をあげていたのに、早期の退陣。ただただ、イラク戦争で国民の支持を失ったためです。英国王子のイラク従軍もとりやめになりました。イラクの状況の悪化を認めた形です。
 ブレアーの花道が、北アイルランドの停戦と和解の実現であったことは、何かを暗示しています。これはブレアーの業績として、ぼくも素直に認めます。難問をよく解決できたものです。北アイルランド問題そのものが、1920年アイルランド独立で積み残された問題でしたから、百年がかりの解決といえます。ブレアーは就任直後からこの問題に取り掛かっていましたから、十年の月日をかけたことになります。同じように、イスラエル・パレスティナ問題を解決するものが、現れるでしょうか。これが現代の地球上最大の問題です。

 前回、ちょっと紹介した三枝玄樹君の小説「結党、老人党」が出来上がり、書評を頼まれ、ゲラを読みました。予想はしましたが、かなりハチャメチャなところがあります。なにしろ、老人党をリアルな党として結成し、最初の選挙で政党として認められる5人以上の候補者の当選を果たし、その後、与党が選挙違反で全員議員辞職に追い込まれ、次の選挙で老人党が全選挙区に候補者を立て、圧勝するなんて、すごいすじです。そして内閣を組織し、国会を大掃除したあと、老人党は西部劇のヒーローのように格好よく国会を去る、という具合です。まともには信じられないすじを、フィクションとして信じさせようとするのですから、作者としては精一杯面白いエピソードを連ねることになります。
 それをヴァーチャル政党の老人党員が、どう受け止めるかです。この小説で、少なくとも、ぼくが教わったことがいくつかあります。いかに、既成政党に有利に、政治に関する法律が作られているかです。素人が実際に新党を作ることがいかに難しいかがわかりました。新党を作るには、すでに国会に議席を持つ五人が党員としていることが必要だとか、いろいろな高いハードルがもうけられています。
 ただ、現実に党を作って、議会に議員を送り込まなければ、そして多数を取らなければ、どんなにヴァーチャル政党が正論を吐こうが、現実の権力は痛くも痒くもないというところから、小説の中では実際の政党が作られます。
 ぼくとしては、ヴァーチャル政党は、決して無力ではないと主張したいところですが、ここが老人党の一番の問題点であることは確かです。この小説の荒唐無稽さを批評することは、今の自分たちの無力さを、認めることになります。ぼくたちは、今後、率直にこの問題を考えていかねばならないでしょう。
 書評は毎日新聞社の「本の時間」次号に出ます。


4月5日

 いつも謝ってばかりです。更新が大幅に遅れました。皆さんの期待にそえず、なかなか「打てば響く」といきません。「打っても打っても、響かない、なだ いなだ」といわれそうです。
 最近の状況についての感想を書きます。
 いつの間にか、知事、県議、などの選挙が行われていますが、都知事選の進みぐあいに、歯がゆいものを感じています。
 ぼくは反石原、石原以外なら、だれでもいいが、浅野氏以外には、勝てそうな候補がいない。それで、浅野氏を応援します。でも、いまいち、盛り上げが足りない。それは、石原の欠点があまりにも多いもので、あれこれ攻めていると、論点がぼやけてしまうからです。
 石原を攻撃するとしたら、論点を一つに絞るのです。オリンピック?ぼくは反対だけど、そんなものは放っておく。暴言?それも、今は放っておく。暴言を吐いてくれたほうが、かえっていいかもしれない。反発した人が、投票所にきてくれるから。ではなにか。新銀行東京です。いわゆる石原銀行です。この一点に論点を絞って攻撃するのです。この銀行、累積赤字は増大するばかり。これをどうするつもりか石原さんよ。見通しをいえ。黒字にするには何年かかる?黒字にし、しかも、中小企業の期待に背かない方法がおありか。これなら、ばらまきと批判した補助金による支援の方が、損失は少なかったのではないか。ともかくすでに都の出資金(都税です)1000億(1000億ですよ?)の半分を食いつぶし、数年では、全部食いつぶすことになる。
 これをメインに、都の税金の使い方、(家族を都の仕事に使うなど)、を材料に追撃ちをかける。そして攻めまくる。こうしないと都知事選には勝てません。残り時間僅か。浅野さんよ、頑張ってください。
 三枝玄樹という若い人が、2年前に老人党にインスピレーションを受けて、小説をかいたそうです。題が「結党!老人党」というので、名前を使ってもいいか、というメールをくれました。放送作家で、最近、最初の本「混合男児」という本を出したばかりの人です。なかなかリズム感のある文章を書きます。内容は、ヴァーチャルな政党ではなく、ほんものの老人たちが実際の党をたちあげるというすじで、風俗嬢たちも老人党を応援して、巣鴨のお年より銀座をデモするといった、ハチャメチャなところがあるようです。ハチャメチャは嫌いという真面目老人もいるかもしれません。それで、あらかじめ報告しておきます。
 このメールに、おうように、「どうぞご自由に」、と返事しました。老人党を侮辱するものだ、とかの議論にならないようにお願いしておきます。若い者のイマジネーションを触発した、と笑って応援しましょう。
 この作家の最初の本「混合男児」けっこう面白いですよ。読み出すとどんどん引っ張られます。先を読みたくなります。
 ほんものの老人党がヴァーチャルで、フィクションの老人党が実在の党というのも、なんだかおかしくて笑いたくなりますが、ぼくは簡単な筋書きしか読んでいませんので、その印象からの判断ですが。
 出来上がった作品が贈られてくるのを楽しみに待ちます。


2月9日 


 更新が遅れてすみません。いいたいことが山ほどあると、 かえってなにもいえなくなってしまうことがあります。今のぼくの状態はきっとそうでしょう。
 愛知の知事選挙。もし野党が勝っていたら、と考えずにはいられません。あとほんの僅かの票が上積みされれば、それが可能だったのです。でも、またもやその僅かな票を、共産党が取っていってしまいました。自民公明連合を結果的に助けたのです。毎度のことなので、なにもいう気になりません が、志位さんは選挙の結果を見て「これでいいのだ」と思っているのでしょうか。ぼくは身内に裏切られたような気持ちになってしまいます。これだから、政党には頼らず、直接民主主義(国民投票)に頼りたくなるのです。
 国民投票ではありませんが、横須賀の原子力空母の母港化に反対する住民投票の請求がありましたが、市議会はそれを否決してしまいました。
 もし横須賀に、30万キロワットの原子力発電所を建設するという案が東電から出されたら、どうだったでしょう。恐らく、反対運動が起り、住民投票が行われたにちがいありません。どうして原子力空母はいいのですか。原子力空母は30万キロワットの発電所と同じです。
 原子力発電所は日本政府の立ち入りが可能です。しかし、米海軍の空母は、日本の行政の立ち入りを許しません。事故が起きた場合ですら、緊急の立ち入りを許さないでしょう。米軍がこの母港化を、無理に押し付けてくることはわかっています。しかし、せめて住民投票で、市民はそれを望んでいないという意思表示をすることがあってもよかったのではないでしょうか。
 それに厚生労働大臣の《産む機械》発言。ぼくだったら「やめろ」という代わりに、「参議院選まで辞めさせないで」といいます。かれの顔がテレビに出れば、国民は思い出すが、やめさせれば、忘れっぽい有権者は、選挙の時には忘れてしまっている。すでに、タウンミーティングのやらせ問題だって、ほとんど忘れてしまっているではないですか。

 なにをいっても無駄か、という気になります。ま、それで更新が遅れたというのでは、言い訳にもなりませんが、一か月も更新できなかったことをお詫びします。

 さて新設したブログの方ですが、まだ慣れませんが、より細かに、気楽に発言していきたいと思っています。
 気楽に投稿してください。



1月5日

 新年おめでとうの、月並な挨拶は略させてもらいます。
 お気づきの方が多いと思いますが、この道の先輩に頼んで、ホームページの体裁を変え、読みやすくしてもらいました。

 さて、今年は選挙の年です。「ちくま」にも書きましたが、教育基本法の改悪が強行され、法案が成立した今が、逆に反撃のよい機会です。相手は、ほっとして油断します。油断は失策のもと。次々に失策をやります。そこを突かなければいけないのです。
 そう書いたところ、なんと、相手は次々に失策をしてくれたではないですか。虚偽の支出報告書で、大臣がやめれば、不適切な官舎への入居で、政府税調の本間会長が辞任という具合。
 しかし、こっちも「あーあ」とガッカリして、お付き合いして、一息ついていると、反撃の機会を失してしまいます。ケンカの仕方を知っていれば、今が反撃の機会だと分かるのですが、頼りにする野党は、ケンカの仕方を知りませんね。歯がゆいですね。
 ぼくならこうします。敵失に、すぐには飛びつかない。じっくりと攻めます。
 「一身上の都合で」辞職願いが出たそうです。それをすぐに信じたような顔をしなければならない。安倍さんも辛いでしょうな。この「一身上の都合で」というのが虚偽ではないか、心配になりますよね。おたくの身内には、虚偽の報告が得意な人が多いから。上に立つあなたも大変でしょう。
 こういえば相手は苦笑いするだけで、答えられないでしょう。
 また、野党党首が、月刊誌に文章を寄せるのもよろしい。マスコミを利用してちくりちくり刺しながら、自分だったらこうすると、具体的な対処法を書く。そして、それを総理がしないのはなぜだろう。こういうしがらみからか、こういう心配があるからか、と思いやるようなそぶりで、弱点を暴露していく。それを、選挙まで続けるのです。
 ただ、失策した相手に、威高になってはいけない。これだけは注意すること。同情が相手に移ってしまいます。これが敵失を攻めるコツです。野党の皆さん、なんとかお願いします。
 今回は野党に勝ってもらわねば困ります。